蜜蜂が消えているという話を聞いたことがおありだろうか。数年前からか原因不明として報道されている不思議な話で、外国の記事で殺虫剤が原因かもと読んだことがある。原因が分かれば大ニュースだろうから、今のところ分かっていないのだろう。
この小説では、農業や園芸に欠かせない蜜蜂が全部いなくなり、文明崩壊(文中では「最終崩壊」)が起こって都市機能も失われ、食べるものもなくというアポカリプス的な状況が語られる。設定は2098年。
本書は、今まではヤングアダルト(YA)小説を書いていたノルウェー人作家が初めて書いた大人向け小説。ミステリーではしばらく前から北欧は人気で、本書にも謎解きの要素がある。本屋大賞を本国で取り、33か国語に訳されている。最近ジャンルが混じった小説が翻訳ものでは多いらしいが、SFのようでもあり文学のようでもある。『ステーション・イレブン』(読書会レポ)を思い出した。
話には3人の人物が代わる代わる出てくる。少しややこしいので書いておく。
- 養蜂家で研究者であったが、種子店を営むことになってしまったウィリアムと家族。ヨーロッパの英語圏に住んでいるらしい。
- 米国在住の養蜂家のジョージとその家族。
- 中国で夫と幼い息子と暮らすタオ。「最終崩壊」後に生き、崩壊の歴史を語るのは彼女だ。
タオに引きずられて、後の2家族の話も同時に始まったのかと思っていたら、読み進むうち細かいところで矛盾が見つかる。要するにこの話は時間空間を超えて成り立っているのだ。それにはちょっと驚いた。
失われた文明という設定は宇宙もののSFなどにもよく出てくるはずだが、なにか懐かしいような寂しいような気持ちをそそるのはなぜだろう、と上の『ステーション・イレブン』の時もわたしは思ったようだ。今回も500ページ弱の本をほぼ毎日開きながら、「廃墟に行く人はそういう気持ちを味わいたいのかな」と考えていた。中盤でタオが荒れ果てた北京に行く。1軒しか開いていないホテル(逃げそびれたのだ)、誰も来ないのに係員だけがいて開いている図書館。他にも荒れた町の描写があり、うら悲しくうまく形容できない。この本全体を通して、穏やかな筆致ながらも大事なものが指の間からこぼれていくような、取り返しのつかないような感覚が甘美ですらあった。
図書館にあった『ミツバチの歴史』という本が重要な役目を果たすのだが、それが原題になっている。
みな困難の中にあり、負けじと戦っている3家族の行く末がどう出るか、おぼろげながら見えてくるのがやっとラスト30pあたりである。続きが気になって、最後の方は止まらず読んでしまった。文体もこういう話ながら短文をたたみかける感じで入っていきやすかった。行間があるせいか、ページ数も進む。毎晩開くのが楽しみな本だった。
いつもここのブログを読んでいる方は、わたしが科学技術の礼賛者だと思っているかもしれない。でもそれは違っていて、雪国に生まれ育っているので自然には勝てないと思っている。立山連峰なんて神々しい以外の何ものでもない(県内には見えやすいスポットが色々あって、うちの近くにもある)。もし本当に蜜蜂がいなくなってしまったら、虫の生態には未解明なことが多いはずで、きっと専門家でもどうすることもできないだろう。どうにかできるのなら今まで解決法が見つかっているのでは?そういう意味でこの本は怖かった。そのシナリオ通りにことが進むかは別として。
最後に翻訳を手がけられた池田真紀子さんについても触れておく。今回ノルウェーの作家というのにも惹かれたが、半ば翻訳家さんでこの本を選んだ。ジェフリー・ディーヴァが積ん読なので今度の本は最後まで読もうと思ったのである。パトリシア・コーンウェルを故・相原真理子さんから引き継いだ方でもある。
『蜜蜂』、堪能しました。マヤ・ルンデは昨年『ブルー』という小説も出しているようなので、『蜜蜂』が売れてくれて次の本も読めることを願っています。
レビューはまだネットギャリーで当分受け付けているようなので、ゲラを読んで感想を書いてみたい方はどうぞ。