詩集『適切な世界の適切ならざる私』読了。

ヨシダヒロコです。

放送大学の試験前ですが一旦浮上します。他にも書きかけエントリあります。

下にも書きましたが、現代詩を主に英語で読んでいるのは最近のことで、それまでは昭和初期の日本の詩人を読んでいました。賢治、中也、犀星など。

この本は文月悠光さんの第1詩集で、14~17歳までの詩を収録しています。最年少で中原中也賞(詩の世界の芥川賞)を取った作品はどんなのかなと思って、まずは処女詩集から買いました。ちなみにe-honではお取り寄せだったような。処女エッセイ『洗礼ダイアリー』でこの方の存在を詩って知って先に読んでますが(感想リンク)、この出版の頃はe-honで詩集が軒並みお取り寄せだったと思います。

感想その1。自分の前職は塾や家庭教師で1対1で教える仕事で、学生バイトから始まって30歳近くまでやってました。大学4年生、院生の時や病気が重かったときは教えてなかったですが。女の子で理系科目を教えて欲しいという依頼が多かったため、生徒さんはほとんど女の子で50人近く見ましたでしょうか。いろんな子がいたけど、大体の子は懐いてくれていろんな話をしました。

授業だけだとつまんないので息抜きに脱線もしました。多分教え子はその話を後になっても覚えているだろうと思って。恋バナも聞いたけど(甲子園やサッカー絡みとか)、大体の子は塾が合わない位なので内気でした。自分もそうであったように中高生はとても難しい。文月さんの詩も「不安の連続で安定している」という評が中にはさんである紙(複数人の評)に付いているんですが、この年代でないとリアルタイムでは書けなかったかもしれない身体と心の揺らぎ(身体がどんどん「女」になっていくことの恐れだったり)がこれでもかと書かれていて、かつての教え子たちを思い出しました。入試前には特に、風邪や不安などですが体調管理の相談にも乗っていたので。

感想その2。このようなありあまる感受性(ありきたりな言葉ですいません)を持ってしまった少女は、普通に学校生活をやっていくのが困難だったのではないか、と。文月さんは大人になっても器用とはいいがたいようなので、もちろんそれが悪いわけではないけど、学校のような集団生活だと結構しんどいですよね。勝手な思い入れかもしれませんがそれも感じました。地方出身で周りに詩を書いてる人なんていなかっただろうし、ご本人もエッセイで詩を書いていることを隠していた、と書いていたし。

生きる意味は

どこに落ちているんだろう。

きれいに死ねる自信を

誰が持っているんだろう。

自分は風に乗って流れていく木の葉か、

でなければ、あんたが今

くつの裏でかわいがった吸い殻ではないのか。

存在なんてものにこだわっていたら、

落ちてゆくよ。

『どこへ?』

橋の下さ。

――『天井観測』

詩に関して言うと、こういう10代にしては空恐ろしいような冴えたことを言うのに、健康診断とかランドセルとか子供らしいものが出てくるアンバランスさが面白いです。また、最近広告媒体に書きました!とTwitterで見せてもらっているのと比べると、すごく詩の内容や形式が冒険していて好きです。まあ、広告にはあまり大胆なの書けませんよね……。

普通の詩のように改行しているかと思えば突如散文調が数行続いたり、不思議な改行があったり。「/」が入っているのは好きな詩人の影響か何かでしょうか(ディッキンソンとか?)。その他、語彙が驚くほどです。「されば、わたしは学校帰りに月までとばなくてはならない」というようなイマジネーションも好きです。産まれる前から、産まれたら「可愛いね」と言われるような詐欺師だったのだ私はという『産声を産む』や、祖父を亡くしたときのことを書いた『骨の雪』も。

ちなみに、割と最近のミヨシ石鹸のCMはこんな感じです。

 

2018年新春企画、オフィシャルHPにある「おめでとう」

http://fuzukiyumi.com/yomimono/282/

わたしは、MOOCの1つCourseraにあるModPoというペンシルベニア大の現代詩の授業を取っていますが(受講してみての中間感想)、ときどきものすごいパワーのある詩があります。そして、大胆な詩も沢山あります。先生も解説してて興奮しちゃったり。外国の映画とか見てると、詩は教養の1つであり、テーブルに皆が揃ったときやいろんな場所で暗唱されるのに、日本だと文月さんの言うように「ポエマー」みたいな扱いは残念です。

最後に、買う本がたまっていてすぐに買えませんが第2エッセイ出るそうです。著者自らのプロモーションに微力ながら協力します。Amazonなどで予約中ですが、最初に予約などかかった数が勝負だというからくりは初めて知りました。装丁が相変わらずいいなあと。noteに出たときに読んだのも多く、楽しく読みました。詩集を含め順番に読んでまた感想書きます。出版記念トークなど企画あり、上のTwitterアカウントから見られますのでよろしかったら。わたしはしばらく北陸から動けないので残念です。

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Coursera “Modern & Contemporary American Poetry (“ModPo”)”(ペンシルバニア大、8月スタートほぼ通年)

ヨシダヒロコです。

ModPo

2012年に初めて受講し、もう少しで修了できるところでした。去年再挑戦しようとして断念し、今年マイペースで再開、10週中もうすぐ1/3が終わります。

この講座ではエミリー・ディッキンソンやウォルト・ホイットマンなどの詩人から始まって、ほとんどが米国の現代詩人を取り上げます。アル教授がたまにユーモアも交えながら、概ねは真面目に学生たちとディスカッションする動画(だいたい英語字幕はある)を見たりいろんな詩を読んだりしながら、自分でもエッセイで解釈を試みる機会があります。エッセイ投稿してスレッドにコメント付かなかったら、メンターがちゃんと何か話しかけてくれます。温かい雰囲気の講座です。

相互採点もするのですが、ディッキンソンなどは解釈が人の数だけ何とでもなる感じで、自分と違う意見だと思っても否定しないようにしています。他に日本人を見かけたことはありません。上の画像にあるimagismは俳句などの日本の影響を色濃く受けているので、何か書いて投稿するかも。放送大の(今期で終わるようですが)『和歌文学の世界』や、去年できたばかりの『Walking with the Writers』(英詩もあるけど伝統的な型にのっとったものが多い)も参考になりました。言語としての英語や言葉というものを考えるいい機会になっている気がします。

この講座は結構手間暇がかかり、Courseraには他に受講経験ありますがなかなか一筋縄ではいかないです。宇宙論とかもあるのでいつか受けてみたいですね。日本の大学では東大が英語で授業してます。今回の講座は、修了証書が欲しければ期限があるのですが、そうでない人は自分のペースで勉強しているようで、そこも好きなところです。

『洗礼ダイアリー』――あちこちにぶつかりながら懸命に生きる詩人の姿。

ヨシダヒロコです。

去年の秋口、文月悠光(2017/06/06読み訂正:読みはふずきふづき ゆみ、だそうです)さんのコラムで女性詩人についてのもの複数が話題になっていたころにそれを読んで、わたしも「男らしさ、女らしさ」とか必要ないと思っている人間なので共感しました。「詩人」とかなんとかレッテルを貼られる馬鹿馬鹿しさも分かるし。そのころ前からnoteで連載していたらしいエッセイ集が出たのですぐに買ったのです。しかし去年は本当に体調が悪く、読めたのはつい最近です。女性詩人関係のエッセイ1編を所収。

詩集にも興味があるので(昨年9月には買おうにも売り切れてた)おいおい買います。ネットでご自身が公開していますが、「中原中也賞最年少受賞」の名に恥じない作品が読めます。最新刊を本屋で見かけたら、ページがうすいピンクで素敵でした。すいませんこれからおいおい買って感想書きます。

ただ、このエッセイは詩集の大人びたところとは違って、「実際はわたしイケてないですよ」とかなり赤裸々に書いたエッセイ集です。新聞でのインタビューでは「嘘がつけなくて」だそうです。

例えば学生の頃女子の間での身の処し方とか。わたしはグループ行動がめんどくさくなって、友達がいたこともありましたがよく1人で動いてました。言い寄ってきた男性に慎重になっていたら掌返された話とか(まあこれは男性にとって図星だったのでは)恋愛でもトホホだったり、文章は綺麗でつるっと読めるんだけど、痛いと言えば痛い、覚えがあるといえば結構ある。

わたしにとっては40過ぎても痛い人生まだ続いているようなものなので、「いやー人ごとではないわ」という感じでした。20代の頃にうつがひどく、院生としてもダメダメで、山手線の中で涙が止まらなくなったことがありました。普段は1人の時でもおよそ5分で泣き止むのに。日記も詩も書いていましたが、一定の時間後何もかも全部捨てたくなる(そして実際捨てる)のですが、このブログは表向きのことも多いけど一応12年分残っています。

他に、感想ツイートにカップルアプリについて突っ込んでいる人を見かけましたが、やったことはないけどわたしも存在は知っています。カップルのTwitter共同アカウントと同じく、止めるときのことを最初に話しておいた方が良さそう。

「1人で立てるようにならないとダメですよ。恋人と別れるたびに、頼れる人を探すんですか?そんなの嫌じゃないですか?」と年下の友達に言われてはっとしたとのことだけど、わたしの場合は「お前が言うな」みたいな人に言われた記憶があって、結局今では当たり前のことになっています。大体がかなりの男性不信(友達除く)なので、1人の方が楽な部分もある。まあ、そのうち何とかなるかなあ。

そんな訳で、昔のことや今のことも思い出しながら、楽しい読書の時間でした。

これが出た後に、(2017/06/06訂正:お姉さんと間違えました)『ジェーン・エア』『嵐が丘』のエミリー・ブロンテは実際に恋人がいた記録がないと習いました。帯が雨宮さんです。ツイート読んでて詩作とは地味で孤独なものなんだなあ、と思いました。

書誌情報は既に知っていましたが、翻訳関係のFBページで紹介されていました。辞書と言えば翻訳者の好物でもあるので、気になりますね(多分、読んでいるであろう同業者の方も)。

最近 応募・エントリーしたコンテスト(『花椿』の詩、イタリア語翻訳)。

poem

ヨシダヒロコです。

翻訳の仕事は、和訳なら読む人が読みやすくないとよい訳文とは言えないので、皆さんいろいろ努力しているわけです。解釈や用語に間違いがないのはもちろんのことで。

読む方はわたしは明治~戦前くらいまでの作家が好きです。現代では宮部みゆきの初期(『理由』のラストがつまらないと思い離れている)、横山秀夫『クライマーズ・ハイ』(他のも読もうと思ってもう何年)、伊東計劃『虐殺器官』などです。恋愛ものは避ける傾向にあり、訳は現代物には面白そうなものが少ないので。話題になった作家で読んではみても「次はないな……」てのもあり、大々的に売れたものは避けてます。

翻訳者・通訳者の本だと米原万里(ロシア語通訳)・田丸久美子(イタリア語通訳)のお二方は親友でサービス精神旺盛なところが似ています。すごい通訳さんたちと聞いていますが。

田丸さんのエッセイ。
http://www.alc.co.jp/m-alc/tsuyaku/151112.html  魚拓

翻訳者でお手本にしたいのは須賀敦子さん(イタリア語翻訳・作家)。本当に綺麗な文章で、読んだのは大分前ですがこれです。

須賀さんは芦屋の出身ですが(2015年に横浜の回顧展に行って生い立ちについて見ました)、去年芦屋で展示があったのを今更知りました。

とにかく、好みはあれ文章を読んだり翻訳や文章についての本を読んだり(翻訳技術の本が溜まってますが)して日本語力を磨くのです。

詩歌をする人もいます。周りでは俳句が多いですが、子供の頃から詩に親しんできたので、俳句の17文字に言いたいことを入れられる気が全くしなくて。2014年に松山駅前で子規の石碑を見(博物館には行きそびれた)、最近やっと見たドラマ『夏目漱石の妻』でも子規の親友だった漱石の句が出てきました。俳句だとどうも「すごい。わたしには無理……」となってしまいます。詩の方は、洋楽好きで英詩にも興味があり、米MOOC講座や放送大の科目で多少読みました。
最近になって知った(日本人の)詩人さんに影響を受けて、『花椿』の募集に詩を応募しました。書いたことは色々あっても「応募」したのは初めてです。自分に似ていいても別人を作るのが面白かったです。
http://hanatsubaki.shiseidogroup.jp/poem-requirement/index.php  魚拓

2年ほど前から写真は植物園などに応募しており、何ももらってませんが、出すことに意義があると思っています。去年は飛騨市観光協会にも応募しました。

もう1つさっき応募したのは、日伊学院の作文&翻訳コンテストで、希望者には有料添削してもらえます。もうちょっと文法がマシになったら翻訳にもトライしたいですが、この間のイタリア語検定ではなんと作文にスペイン語が複数紛れ込んでまして、先生にかなり注意されました。翻訳だとそれは起こらないだろうから少しはマシですが。
http://nichii-gakuin.com/cms/news/archives/4114   魚拓

いずれかに興味を持った方、花椿は応募受付5/8まで、イタリア語は6/29(その後課題発表)なのでふるってご応募ください。