出張CiRA(iPS細胞研究所)カフェ × 聞イテミル・考エテミル!?「iPS細胞の現在:じん臓・すい臓・肝臓の再生医療」in 金沢に参加して(後編・2017/07/09)

ヨシダヒロコです。

後編が大変遅くなりましたが、前編はこちらです。スライド表紙や建物内部は撮影OKを頂きました。iPS細胞研究所と金沢の研究者さんのグループ「聞イテミル・考エテミル!?」の共同主催です。

出張CiRAiPS細胞研究所)カフェ × 聞イテミル・考エテミル!?「iPS細胞の現在:じん臓・すい臓・肝臓の再生医療」in 金沢に参加して(前編・2017/07/09

 

2人目のゲスト、長船(おさふね)先生はじん臓・すい臓・肝臓の研究をなさっている先生で、まず専門を決めたきっかけを話されました。

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増殖分化機構研究部門 長船 健二 教授

https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/research/osafune_summary.html

研究概要、略歴など。

先生が医師になった頃、研修医のシステムは今とは違っていました。わたしは先生と同年代で、医師の友人がわずかですがいるので少し分かります。専門を決めようとしたとき、開業医の息子でもないし何でも選べたのですが、病気で壊れたら再生しない臓器と再生する臓器があることに興味を持ったそうです。卒業した平成8年には再生医療はメジャーではありませんでした。じん臓の再生に関する研究をなさっていたそうです。

#詳しく知りたい方は、先生の研究についてのコラムがこちらにあります。

インタビュー『“未来”の担い手たち』

腎臓、膵臓、肝臓の再生に挑戦する(1)-全2回- 長船 健二 氏

http://www.jst.go.jp/ips-trend/column/future/06/no01.html   魚拓

(2)

http://www.jst.go.jp/ips-trend/column/future/06/no02.html    魚拓

前のゲストで出てきたiPS細胞の写真がまた出てきました。細胞があっちにもこっちにも固まっているそうです。無限に増えるのですが、くっつくと働きが悪くなるのでバラして別の皿に入れるそうです。200くらいの様々な細胞になれるそうです。

再生医療とは、健康な細胞や臓器を移植することで病気を治すことです。メカニズムはとりあえず横に置いておきます。

次に、「再生医療用iPS細胞ストック」の説明がありました。ニュースレターには載っていて、山中先生がTVでお話ししていたような記憶があり(寄付すると出演番組がメールで送られてくるので)今回のサイエンスカフェでも事前にこの用語を含めて何を知っているかアンケートを取られました。

例えば患者さん自身からiPSを取るとすると、取ってきて育てるのに3ヶ月くらい、しかも悩ましいことに育てると性質がバラバラなものができる(がん化含む)そうです。iPS作成の品質評価のステップで1年間、一番お金がかかります。次に分化誘導というものを行い、ES細胞のように発生の時にどんな刺激があるか、分かる範囲で同じものを与えてiPSに導きます。その品質評価が約10ヶ月くらいかかり、お金もかかります。

(広報の方から、上の長船先生の発言が少し分かりにくいので補足です)

「2014年の加齢黄斑変性の臨床研究の場合、細胞の採取から患者さんに移植するまでで約10ヶ月かかりました。その間に品質評価や分化誘導を行います。同時進行で行われる部分もあり、必ずしも足し算した時間とは一致しません」

今、ここに脊髄損傷になって救急車で運ばれてきた患者さんがいたとして、すぐに処置すれば治るかもというときにこれでは間に合いません。それで、もともとiPSのストックを用意しておくのです。

HLAホモiPS細胞というのがあります。HLAという免疫に関わる細胞のタイプ(番号)が同じな場合、輸血や移植のときも自分と同じと見なして拒絶反応が起きません。日本人では、HLA のA 24:02とB 52:01とDR-B1 15:02の3種で16%を占めます。両親から受け継いだHLA遺伝子が同じ場合をHLAホモといいます。

HLAホモの方は珍しいのですが、HLA型を調べる臍帯血提供者や骨髄ドナー、献血されたかたの中から同意が得られた方から、HLAホモの方を探して協力していただいています。細胞培養施設には臨床グレード(基準)があります。細胞調製施設(Facility for iPS Cell Therapy: FiT)など、写真を見せていただきました。

2017/03/18に、iPS細胞ストックは滲出性加齢黄斑変性の患者さんの手術に使われました(「他人のiPS細胞」などと記事になっています)。理研CDB高橋政代プロジェクトリーダー、神戸中央市民病院、大阪大学、CiRAの成果です。

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休憩の前にQ&Aタイム。

Q  iPS細胞の保存期間は?

A ヒトでは-160℃で永久に。液体窒素を使う。マウスは-80℃で保存可能。

Q. 目の細胞のがん化を防ぐ方法は?

A. そもそも目ががん化しにくい環境と言われています。また、少なくともがん化しやすい遺伝子変化がないことは確認しています。万が一がん化した場合にもがん細胞を除去する方法があります。

Q. レトロウイルスはなぜ使うのですか?

A. 遺伝子導入・発現はベクターを使います。効率よく細胞に遺伝子を導入できます。20~30年前に遺伝子治療を受けた患者さんは、導入遺伝子のすぐ先にがん遺伝子があって刺激されてしまい、白血病になってしまいました。エピソーマルベクターは核の中に入りません(なので比較的安全と考えられます)。

Q. わたしの質問ですが、HLA型の表のところを聞きました。

A. 24:02などは種類です。3種で16%ですが、90%をカバーするため20万人のHLAを調べる必要があります。2017年度末までに3種30%が目標です。

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ここで休憩です。

休憩時間には研究者さんつかまえて質問してもいいということだったそうです。飲み物とお菓子、両方いろいろが準備されて、乾燥したiPSの小さなサンプルがテーブルに用意されており、説明を受けながら容器に付いている拡大鏡を通して見ることができました。さっき見た写真とは違い、見やすいよう赤く染色してありました。

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事件が起こったのは話の後半でした。その日も金沢は暑くて(北陸が夏暑いことは割と知られていません)、何と停電になりました。タブレットで北陸電力を探してみると、金沢市がピンポイントでダウンしているようで、あの古い建物があだになったのかも。しばらくは「お茶でも飲んで待ちましょう」だったのですが、20分くらいどうなりそうもなかったので、先生とスタッフの方2人、計3人がそれぞれスライドを映したノートパソコンを持って(最新医学のことを話しているのに皮肉でした)薄暗い中マイクを使わずにしばらくお話しされました。非常にシュールなアクシデントでした。幸い20分ほどで復旧しました。

先生が研究されているのはじん臓・すい臓・肝臓ですが、これは特に糖尿病の患者さんなどで一度に悪くなることが多いそうです。

じん臓病→慢性腎不全(1300万人。糖尿病だと血管ボロボロ)→毒素をだす→透析(約32万人)移植数 1500人

すい臓→糖尿病(約320万人) →血管ボロボロ、脳梗塞、心筋梗塞   すい臓・すい島移植  40人

糖尿病:将来なる可能性のある人 2000万人

病院行ってない人を含めると 患者は900万人

肝不全(約40万人)→ 肝硬変  移植数 500人

移植しかないのですが、ドナーが追いついていません。それでiPSで解決する研究をしています。iPSは肺とじん臓が難しいそうです。

iPSからじん臓の組織を作りネズミに移植すると、糸球体ができて血管につながり、おしっこを濾過しているのが見られたそうです。でも「まだまだ」とおっしゃっていて、すでに18年も研究されているそうです。

すい臓→すい島をiPSで作る。ネズミは治せそうだそうです。移植したすい島を取り除くと血糖値が戻っているので効いているのかも?

今後の展望としては、3、4年で移植の研究をしたいそうです。糖尿病の研究はし烈で、北米だけでも200万人の患者がいるので製薬会社にはお金になるそうです。北米では1社始めています。

肝臓について。iPS肝臓細胞をネズミとサルに移植します。ハツカネズミは20日に1回出産します。質問したのですが、マウスというかネズミには2系統が研究所にいて、片方がハツカネズミに近いそうです。ネズミでうまくいっても念のためサルでも試すそうです。

最後にスライドで近く患者さんへの移植をする研究が始まる病気の一覧を見せてもらいました。パーキンソン病、加齢黄斑変性(既出)、角膜疾患、難治性心不全、軟骨疾患、がん、血小板減少症、先天性代謝異常症など多数あります。

法律が変わって移植までが早くなったので、実現は研究後近い未来だそうです。定年までやります、と何となくぼそっとした声でつぶやかれていたような。

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質問の時間が少しあって、付箋を貼っての質問コーナーに書いていた人もいたのですが、メチル化とかMHCとかレベルが高かったので(後で研究者の主宰したサイエンスカフェと思い出しなるほどと)、個別に聞いてくださいとなりました。

CiRAサイエンスカフェを地方都市で行ったのは初めてだそうですが、暑い中調整して参加でき、色々お話が聞けてよかったです。研究所も前から行きたくて、でもなかなか京都に行く時間や手間が取れなくて。

最先端のお話が少人数対象に目の前で聞けるので、サイエンスカフェは大変お薦めです。今回組織してくださった皆様、ありがとうございました。先生方やスタッフの皆様も遠くからお越し頂けました。

チラシやパンフレットを頂きました。

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左2冊は頂いたもの、一番右に送られてくるニュースレターを置いてみました。

 

 

難しいことはどうも……とおっしゃるけど何か本を読みたい方にはまずこれがおすすめです。2年前のレビューで、山中先生の山あり谷ありの研究人生を話し言葉で書いてあります。

今さらですが『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』を読んでみた(2015/07/26)。

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最後に、iPS関連のサイエンスカフェがまた金沢であるそうです。再生医療学会関連の10/22「アートとビオス」、金沢21世紀美術館で夕方からです。

https://comm.jsrm.jp/risk-communication/events/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%80%8C%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%A8%E3%83%93%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%80%8D/

このブログは過去のポストを検索してくる方が多いので、リンク切れを防ぐため情報をコピペします。参加方法は今学会に問い合わせ中です。

サイエンス・カフェ「アートとビオス」

  • 開催日時:2016年10月22日(土) 18:30~
  • タイトル:「アートとビオス」(日本再生医療学会「リスクコミュニケーションのモデル形成事業」サイエンス・カフェ企画)
  • 出演者:福原志保 (BCL)・八代嘉美 (日本再生医療学会/京都大学iPS細胞研究所)
  • 開催地:金沢21世紀美術館カフェレストラン “Fusion21”
    https://www.kanazawa21.jp/
  • 入場料:500円(ワンドリンク)

2006年に山中伸弥教授らがiPS細胞の樹立を報告して、ちょうど10年となりました。それ以来、未来の医療として「再生医療」や「幹細胞」という言葉が、日夜新聞やニュースを賑わわせるようになりました。こうした研究はまた、病気の治療の研究だけではなく、生命のしくみを解き明かす生物学の研究でもあり、その成果はわたしたちが「あたりまえ」のと思っている「生命のすがた」を揺るがしてもいるのです。その一方、バイオテクノロジー自体が手軽に扱えるものとなってきており、それを用いたアート作品群、いわゆる「バイオアート」によって「生命のすがた」の描かれ方も多様になってきています。今回のサイエンスカフェでは、昨年、金沢21世紀美術館で「Ghost in the Cell:細胞の中の幽霊」を展示した福原志保さんをゲストに迎え、幹細胞とは何か、再生医療とは何か、といった話をテーマに、さまざまな技術が「生」へと介入することが可能となった現在について考えます。

BCLウェブサイト

http://bcl.io/

 

今回のサイエンスカフェの報告&iPS関連次回の予告は以上です。

#こういう内容に間違いがあっては困るので、CiRA国際広報室で何度もチェックして頂きました。どうもありがとうございました。

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『地底から宇宙をさぐる――ニュートリノ質量が発見されるまで 増補新版』読了。

ヨシダヒロコです。

Facebookの機能で知りましたが、約1年前に買ったものをやっと最近読み終わりました。

梶田先生の恩師で、宇宙線研究所所長などを務めた故・戸塚先生の著書(更に偉いのが小柴先生)。2008年に、東海村J-PARCの加速器と協力した待望の実験を見届けることなく、がんで亡くなったそうです。この先生が亡くなったときに放送されたNHKのドキュメンタリーが2015年に再放送され、闘病中に書いたブログのことや(下に貼りましたが書籍化されています)、宇宙と自分の生と死を重ねながら(宇宙もいつかは死にますから)、自らの病を科学者として分析しつくした特異な方として知ることになりました。こういう方が自分から地理的にそう遠くないところで毎日研究していたんだなと。

去年神岡に行ったときに他の本も眺めました。口調が堅くないというか、どこか豪快な性格が出ていて親しみやすい語り口でした。この本もそうで、ニュートリノ研究の歴史や解説の中に研究生活の裏話を混ぜ込んで、戸塚先生の分だけで110ページほどですが読みやすかったです。学会で大御所に会った話とか、浜松ホトニクスの社長は「アタラシモノ好き」で小柴先生と意気投合し、そのころ日本の部品は使っていなかったころだったと。

戸塚先生の分だけで、というのは、梶田先生の授賞以降の2016年に、梶田先生の以前雑誌に寄せた短めの原稿を足して増補版として出版されたのです。師弟の共同作業的な本でしょうか。梶田先生がニュートリノ振動の学会発表をしたとき、神岡の道の駅「宙ドーム」に沢山貼ってあった岐阜新聞で読んだのですが、「(発表を)やれ」と戸塚先生に言われ、結果拍手が鳴り止まなかったそうです(拍手のことは、今の神岡施設長の中畑先生がおっしゃっていた)。

この本を読んでいて、p47にフランクリン・メダルの話があります。ある科学者がなかなか取れないという話なんですが、番組で先生の遺影の前に賞状があるのを見ました。「アメリカで最も権威ある賞のひとつ」と本文中にはあるのですが、検索すると「アメリカのノーベル賞」と出ました。先生が授賞したのは亡くなる前年で、日本でも「ノーベル賞が近い」と言われていました。梶田先生は、「ノーベル賞の定員は3人なのに、(先生の)1人分空けてくれた」とTVでおっしゃっていました。

本に書かれていることでリアルなのは、カミオカンデでの超新星爆発ニュートリノ発見の舞台裏です。今でもスーパーカミオカンデでは次の爆発を待っています。カミオカンデ建設についても最初から関わっているのでいろいろ書いてあり(今は坑道のそっち方面は封鎖されているようです)、ラストはスーパーカミオカンデ建設へ向けてとなっています。

語り口が気に入ったので時々また本を開くかもしれません。例えば、素粒子物理学者が「傲慢」という話をやはり外国人物理学者の講演で聞いたことがあります。先生は次のように書いています。

高エネルギー物理学がその後の40年間に手にした成果は実に目を見はるものがある。(略)1930年にローレンスがサイクロトロンで8万電子ボルトまで陽子を加速したのを思い出してほしい。60年後、陽子の加速エネルギーは1億倍、衝突エネルギーは1000億倍になったのである。ときどき物理屋が「俺たちがやろうと思ったことで、できないことはない」といういささか傲慢な言動を口にしても、どうか許してあげてほしい。加速器は物理学者が作り上げた機械のほんの一例だけれど、これだけの恐るべき技術的な進歩を実際にやり遂げたのだから(p28)。

これは一例ですが、とても魅力的な文章です。ブログは(2017/10/07改稿)Web Archiveにhttp://fewmonths.exblog.jp/ と入れると”The Fourth Three Month”として一部が残っています。2008年頃のアーカイブをお探しください。ブログにはご自分のいろんな考えも書いていました。湯川先生や朝永先生のようにエッセイをたくさん書かれたらきっと一般の人にも広く読まれたような文章だと思います。

ブログの書籍化はこちらで、すでに持っていますが、素晴らしい写真が省略されているようで残念です。

このブログ書きながら書誌情報見てて気づいたのですが、余命が短いと分かっていた先生のブログからの本がもう1冊ありました。こちらは科学エッセイで、神岡町図書館の物理コーナーでも見かけました。「話し出すと止まらなくなるので、今日はこの辺で」みたいに書いてあって微笑ましかったです。

最近知ったのですが、静岡県人の先生を記念して、富士市の道の駅に「戸塚洋二ニュートリノ館」があります。HPは多国語展開で、英語のページや展示にも先生の可愛らしい似顔絵が見られます。プラネタリウムまであります。

(2017/10/07追記:今回紹介した本の)表紙写真はスーパーカミオカンデと思いますが、大体の施設写真は写真が趣味の中畑先生が撮っているそうなので、クレジットはないけど弟子として参加しているのかも。

さて、やっと梶田先生のご本を買う番になりました。他に関連本は何冊かあります。小柴先生のは大分前にジュニア向けの本を読みました。現・東北大カムランドの鈴木厚人先生も書かれてます。

「ニュートリノは難しい」という人に。面白いのはこんなちっちゃな、重さがあったといって大騒ぎになるようなつぶつぶが物理の理論を変えるといわれていたり、宇宙の始まりを解き明かすかもといわれていることです。知らない間に飛んできて身体を通り過ぎている(山ほど)というのもミステリアスです。

4年前、右も左も分からなかった頃に神岡から鈴木洋一郎先生がお話に来られるというので、小柴先生のこの本を読みました。子供向けでも話をぜんぶ分かったわけではないけど「楽しかった」と思ったのはその時が最初でした。もう1冊、梶田先生受賞後に出た初心者用向けの本を貼っておきます。

 

『出張CiRA(iPS細胞研究所)カフェ × 聞イテミル・考エテミル!?「iPS細胞の現在:じん臓・すい臓・肝臓の再生医療」in 金沢』に参加して(前編・2017/07/09、2017/08/25主催追記)

ヨシダヒロコです。

すぐにエントリが書けなくてすみませんでした。この翌日富山県高岡市でのCiRA講演会ともども、iPS細胞でどっぷりの2日間でした。最初このサイエンスカフェをどこで知ったか良く覚えていません。講演会のほうはネット経由でTV局のHPに行き当たりました。サイエンスカフェは地方での開催が初めてだったらしく目を疑いましたが、こくちーずという予約システムですぐに予約ができました。

CiRA(iPS細胞研究所・サイラ)にはわずかですが寄付をしており、1回目には丁寧なお礼状とその後はニュースレターを送ってもらっています。ニュースレターはHPにpdfでもありますし、頼めば送ってもらえます。どういう研究をしているのかを薄い雑誌のような形式で教えてくれます。

さて、この7月9日のサイエンスカフェは、金沢・片町ど真ん中なのにわたしが知らなかった場所で開かれました。金沢学生のまち市民交流館という場所で、古い家屋でしたが本家HPには書いてありません。2個目に貼ったHPに、大正時代の町屋を改築とありました。

木倉町という写真のような趣のある場所で、小さな食べ物屋や飲み屋があります。片町バス停からはすぐですが、この時間に富山から行く電車が少なく、最初の挨拶は逃してしまいました。

金沢学生のまち市民交流館

http://www4.city.kanazawa.lg.jp/22050/shiminkouryukan/index.html

金沢 まちなび

http://www.kanazawa-machinavi.com/detail/shop.php?shop=1307

富山・新潟などでもこういう場所で行われるサイエンスカフェに出席したことはなく、不思議な雰囲気でした。

(2017/08/25 21:59追記→)主催は、疾患当事者や市民が研究者と共に研究についてコミュニケーションする場作りを進める研究者のグループ「聞イテミル・考エテミル!?」とCiRAの共同主催です。

 

サイエンスカフェの様子は、短くまとめたものがCiRAのHPにあります。

http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/seminar/170712-143000.html

最初は国際広報室サイエンスコミュニケーターの和田濵裕之さんから、iPS細胞の一般的な話。他の方もですが、スライドに出てくる細胞や血液や器具などが、水彩と思われる濃淡の付いた何とも言えない素敵な描かれ方をしていました。翌日お聞きしたところ、「難しいイメージを和らげるため」(2017/08/25 0:34追記:原稿のコピペミスを追記)外部のデザイナーに依頼したそうで、なにか理系っぽくなく絵画のようで気に入りました。iPS細胞は紺まで行かないブルーで塗られていました。

チラシは別の方のデザインで、以下のような可愛らしいものでした。

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和田濱さんのお話では、iPS細胞とは何かということを、さっきお話ししたようなデザイン性が高く美しい絵のようなスライド、そして鮮やかな細胞などの写真を使って成り立ちから分かりやすく説明してくれました。まず、受精卵は育てばどんな細胞にもなることができます。2012年ノーベル生理学・医学賞はジョン・ガードン博士と山中伸弥博士が授賞しましたが、最初にガードン博士がカエルを使って大発見をしたのです。1962年のことで、体の細胞もまたどの細胞にでもなれるという発見でした。その後、1980~90年代に受精後の胚細胞からヒトでもES細胞(胚性幹細胞)が作られ、iPS細胞は皮膚の細胞からマウスで2006年、ヒトで2007年に作られました。10周年になります。

iPS細胞の作り方は、簡単にいうと下のリンクの一番上の「iPS細胞とはどのような細胞ですか?」にあるのですが、

http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/faq/faq_ips.html

最初に発見されたときは遺伝子4つとレトロウイルス・ベクターを入れていました。そのときは細胞ががん化することがあるという問題がありました。今ではその4つの遺伝子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)にLIN28 DN-p53という遺伝子を加え、レトロウイルス・ベクターの代わりにエピソーマルプラスミドを入れてがん化などが起こりにくいようにしているそうです。

最初は皮膚から細胞を採っていたのですが、深いところなので一針くらい後で縫う必要がありました。今では血液の単核球という細胞を使います。

iPS細胞のコロニーの写真が出てきました。iPS細胞というとよく出てくる青い大きな細胞です。何個だと思いますか?と聞かれました。1個と答えてしまったマヌケはわたしくらいでしたが、実際は数千個(後日談:概算では9000個ほどあるそうです)くらいの細胞があっちにもこっちにも固まっているそうです。無限に増えるのですが、くっつくと働きが悪くなるのでバラして別の皿に入れるそうです。200くらいの様々な細胞になれるそうです。

iPS細胞はもちろん再生医療にも使われますが、病態の再現・創薬・治療法発見にも使われます(2日通して後者の話もよく聞くことができました)。例えば軟骨ができなくなる軟骨無形成症で、病気でない方と病気の方からiPS細胞を作ります。軟骨ができる、できないという病気の状態を実験室で再現できます。患者さんには行うことのできない、いろんな薬を細胞に試してみることができます。これはCiRA妻木範行教授の研究で、既に他の病気で使われている薬が、ネズミを使った実験では軟骨無形成症に効果があるかもしれないという結果も出ています。

アルツハイマー病では個人差があり、iPS細胞から神経細胞を作ると違いがあるので効く薬が違う可能性があります。

ここまででQ&Aタイムです。

  • iPS細胞になることのできる細胞の種類は?

大体何でも。分裂する細胞のほうがいいです。

  • iPS細胞から他の細胞へと分化させる際、発生過程はわかっていなくていいのですか?

薬の評価系でははっきり分かっていなくともいいですが、分かっていたものの方がデザインしやすいです。

  • 初期化で時間は巻き戻りますか?

短くなると細胞が老化した目印とされているテロメアは長くなります。

  • 子供さんからの質問。どんな病気でも皮膚から細胞取れば治りますか?

どんな病気でも治るかどうかは分かりませんが、皮膚からとった細胞をiPS細胞にすることで、色々な病気の研究ができると考えられます。

  • 軟骨細胞の薬が見つかってどう投与するのですか?

薬の候補がみつかっても、どうやって投与するのが良いかは改めて調べる必要があります。まだ現在のところどうするのが良いのかはわかりません。

 

iPS細胞を誰かが研究で使いたいときの話が最後にありました。倫理的なことは特別審査がなく、維持費用は計算が難しくて誰も知りません。研究だけで(人件費なし)200~300万、臨床用だともっとかかるとのお話でした。

最後に、以前HPで見かけましたが幹細胞かるたとiPad向けのiPSマスターがあるそうで、これ書きつつ見てると、ほかにもゲームがあるようです。興味ある方はどうぞ。

参考書も紹介されましたが、次回まとめて出します。

これでおひとり目のゲストのお話は終わりです。和やかな雰囲気だったのですが、次の長船(おさふね)先生のお話の時に思いがけないことが起こるのでした。

#こういう内容に間違いがあっては困るので、CiRA国際広報室でチェックして頂きました。どうもありがとうございました。

~後編に続く~

後編 出張CiRA(iPS細胞研究所)カフェ × 聞イテミル・考エテミル!?「iPS細胞の現在:じん臓・すい臓・肝臓の再生医療」in 金沢に参加して(後編・2017/07/09)

夏、神岡へ(1)――中高生向け「夢のたまご塾」飛騨アカデミーセミナーの梶田先生講演聴講(2017/08/06)。

ヨシダヒロコです。

この1ヶ月前にiPS細胞の講演やサイエンスカフェに参加しているのですが、どこまで書いていいか許可を取ったりすることも含めもう少しお待ちください。

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宇宙線研究所の神岡でのイベントは、飛騨アカデミー(リンク)や市役所の方々(地域振興課とか)に協力してもらってます。飛騨アカデミーはGSA(ジオスペースアドベンチャー)も仕切ってますし。その飛騨アカデミーは、夏に中高生向けの科学合宿セミナーのような催しを行っており、小柴先生が名誉総長だそうです(アカデミーHPより)。参加すると神岡のいろんな施設を見せてもらえます(いつまで見せてもらえるか分かりませんが、今年はKAGRAもあったのかな?もうすぐ見られなくなりますが)。今年の内容はこの魚拓からどうぞ。

もともと、同日の重力波サイエンスカフェに申しこんだら、「梶田先生も講演されますよ」と市役所からのメールの返事に書いてあり、それはラッキーと申しこみました。今年の冬は雪が多く、飛騨市であった講演を大雪で逃していたのです。サイエンスカフェについてはその2で書きます。

講演内容は下の2つのビデオと似てます。ただ神岡は地元なので思い出話が多かったです。残念だったのは、恩師である故・戸塚先生の話を梶田先生が3分ほど触れたときに、隣のおばあちゃんのケータイが鳴り出したことで。全部聞きそびれました。すっごい残念。梶田先生は今どんな風に思い出を振り返っているのかなというのは知りたかったのですが。

一般の観衆は2階にいたのですが年配の方も多く、地元住民の研究への興味を感じました。

わたしの聞いた講演では小柴先生の業績についても時間を割いていました。1983年、実験が始まって数ヶ月後、小柴先生が「太陽ニュートリノをやろう」と言い出したそうです。それでカミオカンデIIに改造、タンクの底などにもぐり、泥だらけになって検出器に変えたそうです。作業中の写真もありました。1987年1月からデータ取得を始め、2月23日に大マゼラン星雲で超新星爆発がありました。当時は情報や起こるというシミュレーションはできませんでした。下でご紹介する本に当時の生々しい話があります。

ご紹介する2本のビデオでは昔話は少ないです。上のビデオは東大(40分)、下は京大(1時間)のオフィシャルなもので、東大のはいろんな関連動画にリンクが貼ってあります。神岡の講演では重力波に触れている時間がなかったそうです。

上のビデオの静止画はカミオカンデ建設メンバーですが、スーパーカミオカンデ(この後SKと略します)になると30人くらいになり、研究者は10ヶ国160人になりました。先生がニュートリノ振動の発表をしたときの話で、中高生にOHPでの発表を(もちろん今はもうないですよね)説明するのにちょっと苦労されていたかな。「フィルムに手書きで」とか。その発表について翌日にクリントン大統領がスピーチで触れてくれたのはとても嬉しかったそうです。余談ですが日本ではもう分かったんだからと予算を減らされる瀬戸際になったと関係者のツイートで読んだこともあります。

過去の超新星爆発で出たニュートリノをつかまえる(1世紀の間に多くて3回と言われている)ことを10年くらい開発・検討しているそうです。SKで超新星爆発ニュートリノをつかまえたシミュレーションを見せてもらいましたが、これでも暗くしてるんですとおっしゃってましたけどダイヤモンドダストみたいに(青いけど)キラキラ光っていました。実験は再来年くらいから開始するそうです。その施設は、まだ予算がきちんと通っていないと聞いた気がするけど、SKよりさらに大きいハイパーカミオカンデ(リンク)です。いろいろテーマがあって、下のビデオで一番最後に出ている光は、是非起こってほしい陽子崩壊でしょう。

あと、SK-Gd(スーパーカミオカンデに微量のガドリニウムを入れて感度を上げる)の話もされていたような(SKのHPへのリンク)。

Q&Aの時間。

前からこのようなところに出てくると、若くて勉強している子に圧倒されます。塾には全国から来てました。意外と飛騨からが少ないらしいです。

一番驚いた質問はこれでした。

Q. (その2日前に発表&報道された)ニュートリノCP対称性の破れ(研究所へのリンク)は、95%の確率で確かだということでしたが、実際はどれ位の確率が必要ですか?

(CP対称性の破れについては、東大発のビデオラスト5分で分かりやすく説明しています)

A. 研究者的には99.999%です。SKでは小さすぎるので、その10倍くらいの装置で10年くらい研究が必要です。今若い人が頑張ってます。

その他数個挙げると(メモが正確でないかもしれません)、

Q. 陽子崩壊とニュートリノのパターンはどう違いますか?

A. 陽子崩壊はもともと水の中に陽子があるから、左右に分かれます。ニュートリノは外から来ます。

Q. ノーベル賞を取って何が変わりましたか?

A. そういうことを考えている暇がなくなりました。

この辺は一般の方の質問だったと思います。

Q. ニュートリノの応用にはどのようなものがありますか?

A. 東北大Kamland、地中のコアなどから来るニュートリノを観測しています。地球がどのように作られたか、地熱の起源などを研究しています。

Q. 純水について

A. 鉱山の中の流水を純水にする装置を通して入れています(フィルター、イオン交換)。わたしは飲んだことがありません。

(わたしもこの質問は研究者さんにしたことがありました。下でご紹介する戸塚先生&梶田先生の本で、戸塚先生は「鉱山のわき水は綺麗だし美味しかった」というようなことを書いています)

そういうわけで、先生はいつもそう言っているようですが、「この中から数人は是非研究者に」と締めくくりました。

図書館の1階に降りようとしてエレベーターに乗ったら、市職員と一緒にこの方が。同じく乗り合わせたおばちゃんたちと「何していいか分かりませんねこういうときー」と言ってました。ちと緊張した。で、これです。

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最後に参考書。もとは1995年出版で、カミオカンデからSK建設までの裏話が色々あってお好きな人には楽しい本。近く改めてレビューしますが、梶田先生の授賞で、昔梶田先生が岩波『科学』に書いた文章を増補して去年出版されました。戸塚先生のユーモラスだったりちょっと豪快な性格なのかな?という人柄が文章にさりげなく出ていて文章も読ませるし笑わせもしてくれます。

(2017/08/21 21:31追記:昨日のJ-PARCの一般公開で、GSAに続いてこれが売ってたらしいです。SKと一緒に研究してるので出店してたのですね)

(2017/08/29 22:33追記:続き書きました)

夏、神岡へ(2)――重力波サイエンスカフェに梶田先生現る(2017/08/06)。

 

スーパーカミオカンデ一般見学で今年2回目の神岡へ(XMASS説明もあり。2016/11/26)。

ヨシダヒロコです。

以前のエントリです。

スーパーカミオカンデ一般公開(今年2回目)抽選応募まだ間に合います(2016/11/26、応募は10/07~24)。
スーパーカミオカンデ一般見学当選、行けるかな(2016/10/31)。
放送大学学部面接授業『ニュートリノとダークマター』(東京大学鈴木洋一郎先生、2016/11/12~13)。

夏にはKAGRAにも抽選通って行ってきました。通ったこと自体ラッキーだったので、スーパーカミオカンデは無理だろうと思っていました。複数の方の話を総合すると、国(文科省)が現行年1回の一般見学を増やせと言ってきたそうです。HPでも見てましたが、場所を突き止めて出没する人もいたらしいです。行ってみて分かったのですが補欠で通っていて、それでもわたしの第1希望の第6便は10倍くらいの倍率で、本当にラッキーなことでした(全体では6倍とかなんとか)。今年はあまりいいことなかったので、運を全部ここに持って行かれたのかも……。

この2週間前にあったXMASSの鈴木(洋一郎)先生の放送大学面接授業のときも、スーパーカミオカンデ(以下SK)見学直前も体調壊したり風邪引いたり大変でしたが、疲れに対して出ている漢方を医者で多めにしてもらったり、『マッサン』にあったウイスキー入り飲み物、ホットトディーで体を温めてしのぎました。電車が少ないけど細かいイベントにも出たくて、土曜7時台に地元駅を出、8時10分過ぎ富山発の高山線に何とか乗れました。猪谷まで670円。でも便は富山県人から見ても少ないのです。夏にピカピカに晴れて緑があふれていた景色はすっかり晩秋になっていました。猪谷からのバスは接続がいいことも悪いこともありますが、割とすぐでした。40分ほど乗ってまたもや神岡振興事務所へ(バス停があります)。

前回は電車の都合で仕方なくギリギリに行ったのですが、今回は時間が余るくらいでしたし、神岡で唯一のビジネスホテルも取って1泊でした。そのホテルは電話でのみ受付です。10時台には着いたので、向かいのかなり立派な公民館でXMASSの模型用紙(折り紙)をもらったり、研究者さんへのQ&Aタイムがあったり、何やら不思議な限定お土産が売っているのを見て少し買ったりしました。ごまクッキーと子供向けのハガキ大紙芝居(簡単なのと難しめのと2つあり、絵本のようでいいと思います)とカレンダー、懐中電灯も。

 

Q&Aタイムには高校生らしい男子もわりといて、勝ち抜きで10問ほどクイズがあったんですが、20人いたかどうかのラスト2人に残りました。今年はSK20周年なので、それに際してTwitterで研究者さんがしみじみしてましたが、その記念の会は富山で行われました。そこで配られたという、SK内の空気を缶詰にしたもの(ニュートリノがすごく少ないはず)をクイズに勝って頂きました。わたしにするとすごく貴重なものを頂いてしまったという感じでした。他に受付か何かで受賞者2人の先生のしおりも頂きました。

わたしが質問したのは、研究者さんが施設に何時間くらい詰めているのかというようなことでした。今は昼間だけで、外からは24時間。たしかSKの最初のうちはまだ安定してリモートで見張ることができなかったのですが、今では大丈夫ですという話でした。あとタンクの水の処理。たしか純水ですし処理して循環しているのかな。メモ取り忘れたので、何かの機会にだれかに聞いておきます。これを書くときに調べたら、純水製造・処理装置はオルガノという企業が行ったそうですが、もともと地下水を使っています。

神岡振興事務所と同じ建物に神岡図書館があり、実物大の梶田先生のパネルや物理の本のコーナーがありました。図書館の方が教えてくれました。以前地元で作ったという小柴先生のマンガもありました。いいなあと思ったけどまだ飛騨市役所に問い合わせていません(市町村合併のため神岡町が併合され、市役所に聞けばいいそう)。

東大レゴ部によるSKレゴを見て、お昼には隣接の喫茶店でイベント限定のダークマターカレーを食べて、ちゃんと飛騨牛食べたの初めてでしたが、すじ肉でもすごく美味しいのでした。少しInstagramに流した写真の中で、このカレーが一番受けていました。お店のお姉さんと話しましたが、よく富山に買い物に行っていること(後で知りましたがスーパーまで日曜休みなのです)、車だと富山へは国道41号線で簡単に行けますよ、など。

というわけで午後から受付してヘルメットかぶって見学です。バスに分乗して、本職らしいガイドさんが神岡のことを案内してくれながら道を行きました。スタッフの間の会話で分かったのですが、東大主催の見学会は初めてだということ。飛騨アカデミーがずっと主催してきて、もちろん今回も協力してました。他に言われたのは、参加料3500円を取っているけど経費か何かに消えてしまい、ガイドさんやスタッフには降りてこないと。技術や知識を持った人が無料ボランティアだとしたら残念だなあと思いました。

バスは1回坑道の前で降りて、小さめのバスに乗り換え、坑道の中をたぶん時速10km位でゆっくり入っていきました。降りた先がSKでした。夏に道の駅で見たメッセージの数々は、SKを訪れた物理学者や政治家、有名人のものであったと知りました。みんな扉に書いて、一杯になると新しく取り替えたのでしょう。中はデジイチでの光の調節がまたもや下手で、急遽タブレットで撮りました。それでも難しい。通路にパネルが数枚あり、その先に色々なパイプがくねっていました。その場所で説明があったのですが、研究者さんの様子を見ていると、知識がどれくらいか分からない相手にどう説明しようか迷っていて、鈴木先生が「専門の人を置くべき」と言った意味が分かりました。

写真のように「触っちゃだめ」と英語で書いてあるものが沢山ありました。さらにドーム状になった場所に出て、銀色の保温材みたいので覆われているのですが、周りには装置がどんどんと並べられていて、そこに説明用のモニターが置いてありました。そこにふたりめの研究者さんがいて、「ここがタンクの上です」と。ビデオを見てスライドで説明、質問も受け付けましたが、確か前のグループの時間が後ろに倒れたのであまりいられなかったのが残念でした。

Instagramにドームの短い動画をアップしました。

次にXMASSへ。予定に入っていると知らなかったので嬉しかったです。以前、富山市科学博物館にイベントでいらした岸本先生の説明。中には入れないのですが(研究者さんでさえ、装置を扱うときは宇宙人みたいなタイツ人間のような格好をします)前で説明を聞きました。

KAGRAのときにも思ったのですが、これはどこに通じているのというような穴がありました。

帰りもまたガイドさんの話を聞きながら。鉱山で栄えた神岡は今は人が減っていますが(採掘はしていないが金属加工などの操業している)、昔の神岡鉄道(翌日知りましたがJRだそう)の廃線跡を使ってレールマウンテンバイクをやっているそうです。残念ながら27日は雨の予報だったので無理でしょうね、残念ですねという話でしたが、神岡鉄道のように踏切がない廃線だと使えるので、他都道府県でも検討しているところがあり、お客さんは外国人が多いそうです。

わたしにしては忙しい1日だったので、1回ホテルにチェックインしました。何もないところと言ってしまえば終わりですが、川が流れていますし( 高原川。神通川の源流)、町並みも懐かしい雰囲気で風情があります。飛騨観光のHP見てて思ったんですが、昭和っぽいのですね。昭和生まれなので。ホテルで休んでから夜の中畑先生の講演に行きました。

 

講演はこぢんまりした客の入りだったのですが、見学に行けなかった人も来ていたようです。先生は「途中で遮って質問してくれても」とおっしゃっていましたが、結局質問は最後に集中しました。内容は、以前先生がサイエンスカフェとやまで話されたニュートリノ振動の話と大筋は同じで、スライドを写している間に中で動いたりと工夫されていました。意外だったのが、上の写真、見るの2回目なんですがご自分で撮ったと。写真が趣味だそうで、SKの写真はだいたい自分で撮っていて、この写真は魚眼レンズで下から首だけ出して撮影したそうです。施設を大きく撮るのは大事で、それには人を置くといいそうです。

とても美しい施設だけどデータを逃すため見せられないのが残念で、例外で天皇陛下だけにはお見せしたそうです。合計3回開けたことがあり、あと2年ほどしたら開けて整備するかもしれないので、その時一般公開したら是非いらしてくださいとのこと。

カミオカンデを作った頃の写真は興味深かったのですが、1983年に10人ちょっとで始めました(今は100人超)。作業途中らしいスナップがあり、戸塚先生がかなり前の方に大きく写っていて、小柴先生ともう一方、前方に大きく写ってて、梶田先生と中畑先生はまだ学生で、後ろの方でこちょこちょっとなっているのが可笑しかったです。あと梶田先生のニュートリノ振動のデータが出たのはポスドク時代だそうです。博士号取ってすぐだったはず。

質問にはこんなのが出ました。

1.宇宙に知的生命体はいると思いますか?

それを表す方程式があって(ドレイクの式?)知的生命体の寿命が幅があって分からない。わたしはいると思うが、生きている間に交信できるかどうか。

2.とても若い声がして、ちっちゃい女の子?と思ったらホールの傾斜に隠れて見えないくらいの男の子でした。「なぜ光るんですか?」というような質問だったと思うのですが、子ども科学電話相談室みたいになってきて、中畑先生は「(水に入って)失うエネルギーの一部が光になる」とか「電荷を失う過程で光る」というように答えていたと思いますが、分かってもらえたでしょうか。小さい子供に教えるのは難しいですね。

わたしは「陽子崩壊も検出原理は同じですか」「小柴先生と戸塚先生との2人の先生、どのような影響を受けましたか」と聞いたつもりだったのですが後者はマイクでうまく聞こえなかったようです。検出原理は同じで、ただニュートリノはパターンが前方に出ていくのに対し、陽子崩壊は前後にパターンが分かれて出るということです。2人の先生については中畑先生から見た印象をお話しされ、小柴先生はアイデアマンで普通考えつかないようなものも出てくるが、ボツになるものもあった。戸塚先生はそのアイディアを着実にリーダーシップを持って実行した。2人がコンビを組むことで成功した、と。

司会の方は戸塚先生の言葉(道の駅にあるらしいです→参考リンク)「極大は極微を住まわせるが極微は極大を支配する」を引用して締めくくりました。

ホテルに帰って夕飯です。安い部位ばかり食べていますが、もつ系好きなのにもつ鍋を食べたことなくて、1人用があったので締めにうどんを入れ計950円。しかも美味しいし(ただ物価は高いそうです)。ホテルに付いている居酒屋ですが、飛騨牛のステーキ1000円には驚いた。寝るまでぼんやりしてましたが、カラオケ屋も併設だったのでどこかで誰か歌ってる、けどうるさいというほどでもなくぼけっとTV見て良い感じでリラックスして寝ました。

翌日は時間あったけど行きたい方面(神岡城など)にはバスが不便だったので、飛騨古川へ。例の映画には正直興味ないけど、駅周辺の美術館とか見てました。小学生の作品展示があり、ここの小学生は宮沢賢治の『やまなし』とか国語で読むらしい。飛騨古川もかなり不便ですが(もっと都会の人が来たら目を回しそう)、バスで神岡から移動する間ずっと霧がかかっていて、なかなか見られない風景でした。帰り、神岡に着いたらこんな風に鉱山から煙が上がっていました。高速バスつかまえて帰宅。

 

またなにか行く機会があったら良いなと思いました。これ書き終えた頃に、KAGRA基金にご協力ありがとうございますとKAGRA見取り図のカラークリアファイルが送られてきたのですが、募金したの1年前なのでもしかして処理に1年かかったのかな?お疲れ様なことです。

あとは情報色々。


  • 【イベント】サイエンスカフェ「重力波・アインシュタインの奏でる宇宙からのメロディー」http://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/2016/12/12140818.html             魚拓         イベントページ魚拓富山では飛騨や東京と同じくらいサイエンスカフェ多いので、勉強にも刺激にもなりました。第1回のゲストが冒頭に登場した鈴木先生だったのですよね。普段、こういうミニイベントなど(国立天文台もいろいろやってます)で勉強しておくと、現地に行っても楽しめます。
  • 宇宙線研究所は今回VRを導入しました。友人から「重い」という話も聞いていますが、自分の見たものと比べてみると、配管ごちゃごちゃとか生々しいものはないながら結構面白いです。http://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/panorama/
  • もう「あなたは広報ですか」って感じになってきたので最後にします。上のイベントにも登壇される大栗先生の新刊が話題です。化学も専攻したことがある仏教学者の佐々木先生との対談。下のリンクは大栗先生のあとがきです。佐々木先生は闘病中の戸塚先生が強く影響を受けた方です。

富山市科学博物館ノーベル賞受賞者コーナーに新展示&イベント「梶田先生、質問があります」(2016/08/27)。

ヨシダヒロコです。

新展示とありますが、話は聞いていたのですが当日見逃しました。もっと後にできるのかと思っていました。写真とイベントの様子が科学博物館のHPにあります。この博物館、本来の地元の飛騨より攻めてるかもしれません。

とやま・ノーベル賞受賞者コーナーに新展示を追加しました(更新)

ノーベル賞受賞者のコーナーがもともとあって、田中耕一さんと利根川進先生の展示(手書きレポートや昔の質量分析器設計図もあって、自分のやっている翻訳分野では貴重かも)があるのを5月に見ました。前に出したのと違う写真を貼っておきます。梶田先生のは今度行く用があるので写真撮ってきます。

わたしはもともと「梶田先生」の方に質問を出していたので是非行かなければ、という感じだったのですが例によって少し遅れて着きました。夏休み終わり、2階の展示室の間にスペースを作って、親子連れが時々通ったり、子供が隣で遊具で遊んでいたり。

XMASSからラフな柄シャツの岸本先生がいらっしゃっていて、まずスーパーカミオカンデのビデオを上映、それから研究の日常について多少お話がありました。聞き手は学芸員さん。

スーパーカミオカンデで一番問題だったのはトイレ問題で、たしか最初は隣の東北大に借りていたと。わたしも女子が少ない学校にいて、1階から3階まで上らないとトイレがないとかあったので、不便だっただろうなと思います。施設では食事は持ち込んで1日測定。確か夜は測定なし(現在測定している別の研究者さんのTwitter見ると、夜もしているような……?)。ときどきニュートリノがやってくるそう。「ぼく、梶田先生のモノマネうまいんですよ」とお話ししてました。

「梶田先生、質問があります」は面白い企画で、上のリンクのうちわたしが質問したのは「反物質とニュートリノとダークマターは関係あるのですか」と重力波のところで「原始ブラックホール」の質問です。子供たちかららしい質問も多く、博物館の方で年齢を書かせていたのだと思いますけど、まだ分かっていないことになると梶田先生は「研究者になって答えを発見しましょう」と持っていくのがさすがうまい、と思いました。昔わたしもジャポニカ学習帳に質問制度があって動物のことなど教えてもらったのが懐かしいです。本当に(研究者に)なるかどうかは分からないですが、子供にはなかなか忘れられない思い出になるかもしれません。

「家訓」を聞いてきた親御さんらしい方もいたのですけど、どうやら梶田先生はのんびりした子供時代を過ごしたようです。最近になって新聞記事(日経)で「通訳に興味があった」と読みました。先生の答えは短かったので、岸本先生が補足していました。

原始ブラックホールの質問は意味が通ってなかったので、あとで岸本先生に質問してみたのですが「重力波の検出が多いので、そのような仮説が他にも多く出ている」ということでした。あと、宇宙論の本って何かありますかとお聞きしたところ、村山斉先生の本と、梶田先生も書いてますよと。

梶田先生は地元だけあって、ご本は受賞後の冬頃によく富山駅あたりの本屋で見かけましたが手に取りそびれ、昨日金沢の本屋で眺めたら文体が柔らかく丁寧そうでした。小柴先生は山ほど著書がありますけど子供向けの本は読んだことがありすごくわくわくし、今は戸塚先生の本(梶田先生が追記、もとは岩波科学ライブラリー)を読んでいて、順番に梶田先生や一般向け宇宙論について沢山書いてる村山先生と行こうかな、と。1月にお話を聞いた中畑先生が執筆に参加している本も見つけました。いや、書き手の性格ってこういう類の本でも出ますね。

戸塚先生の本はまだ本筋に入ったところなのですが、ニュートリノを「メシの種」と書いたりするようなクスッとする表現が見られます。

あと、岸本先生のちらっと漏らした言葉で疑問に思ったのですが、後で調べると天文学に物理学が入ってきたのってそんなに昔じゃないみたいですね。今ではバリバリですが……。化学同人のTwitterを偶然捕捉してこの本も手に取ってみたら、レイアウト的には物理が苦手な人(わたしですが)も親近感が持てそうです。

KAGRA見学会当選&宇宙線研究所若手支援基金開設。

ヨシダヒロコです。

見渡す範囲でいろんな人が言ってますが、暑いですねー。早くもバテ気味で、自分の部屋の構造(西向きなど)のためか冷やし方が分かりません。気がついたら冷えすぎていたり。暖かいものも適宜取っているのですが難しい。看護師さんによると、湯船に浸かる他に足湯もいいそうです(自律神経の調整)。

そんな訳で、ブログに書くべきことも滞っています。

そんなわたしに、飛騨市からお手紙が来ました。応募していたKAGRA見学会に通ったというのです。周囲の食べ物屋さんガイド付き(「とんちゃん」が気になる)。まだ体調がどうなるか分かりませんが、富山からだと「特急ひだ」で1時間です。出たばかりで最近買った『重力波は歌う』も書影を貼っておきます。坑道は14℃、熱中症の危険もあり、「危険なところであることを承知の上」という書類に現地でサインします。この辺は山ですし、山行きの格好をしていくつもりです。

ハードそうな場所で、体調が整えばいいのですが……。納期が日程にかぶる可能性があるので、行けなかったらレポートできないかもしれないので、とりあえず事前情報の提供だけでも。ちなみにスーパーカミオカンデもこれくらいの時期に見学会をやっており、応募は5月頃らしいです。

もう1つ、年末に東大物理の早野先生とKAGRAと両方にごくわずかですが寄付をしました。時々東大基金から関連情報がメルマガで送られてきます。さっきもらったものから。

宇宙線研究所若手支援基金

リンク先をご覧になればお分かりと思いますが、若手研究者をサポートするための基金ができました。今の研究職は本当に不安定で、大学での正規の職にはなかなか就けません。ポスドク(博士研究員)などでチャンスをうかがうことになりますが、生活は不安定な有期雇用となります。しかも博士になるまでに時間もお金もかかっています。

昨日ネットをさまよっていて知ったのですが、スーパーカミオカンデで大事故があったとき作業で活躍したのは全国からの学生ボランティアで、多くが研究者となって戻ってきたそう。

すでに京大iPS細胞研究所の山中先生がそのような寄付を募っています。梶田先生も同じく、国に頼っていては未来がないだろうと判断されたのかもしれません。同じくノーベル化学賞学者の白川先生が「このままでは日本の科学はダメになる」というようなことをおっしゃっていたそうですが、確かに今出ている結果は20年前とかのものなのです(ニュートリノ関係のサイエンスカフェで、他国も含めたノーベル賞までのタイムラグを聞きました)。

その他、学術系クラウドファンディングのacademistとか、一般の人が気軽に「投げ銭」できるシステムがこれから流行ってくれればなあと思います。『宇宙における星形成史』に少し募金しましたが、80万の所500万弱集まるなどすごい盛り上がりようでした。

富山市科学博物館へ(2)”Hayabusa 2-Return To The Universe”とノーベル賞展示(2016/05/10)。

ヨシダヒロコです。

科学博物館にはもう1つ用があって、プラネタリウムでした。『銀河鉄道の夜』から1年、全国的にもう上映が終わりかけの「はやぶさ2」がかなり長いことやっていて、先月いっぱいまで。

このトレイラーを見るとコメント欄にありますが、初代機はやぶさが盛り上がったのも、プラネタリウムで地道にこういうものを上映したからだそう。

本編の前に春の星座の解説があって、本編は悲しいことに「予算がなくてはやぶさ2は飛ばないのか」みたいな話で1/3くらい(その辺は実写ドラマのよう)。その時思い出したけど、そう言えば予算を求めてネット署名したような。CGは大画面なのに精密で美しく、メカニックなことは一瞬見るだけでしたが、ロケットのメーカー名までしっかり書いてありました。この作品ができた時点ではまだスイングバイ(地球の重力で向きを変える)は成功していませんでしたが、後に成功し、プラネタリウムを出たところにあった写真の中にありました。

2016-05-10 16_11_Fotor

AmazonでのDVD販売は現在アストロショップからとなっていて、それが本来の売り手です。現在はやぶさ2が目指しているリュウグウの「リュウグウ」バージョンが新しく冬にできたらしいのですが、上映があるのか今のところ良く分かりません。

オフィシャルサイト http://www.live-net.co.jp/hayabusa2/index.htm

HAYABUSA2 – RETURN TO THE UNIVERSE – DVD

有限会社ライブ

by [Z]ZAPAnetサーチ2.0

しばらく星の写真や解説を見たら(新発見があればアップデートしているらしい)、前は気づかなかったノーベル賞受賞者の部屋があるのに気づきました。富山から岐阜にかけての国道41号線は、なんか恥ずかしいですが「ノーベル街道」と言われるくらい縁の人が集まってます。博物館から近いのは田中耕一さんの母校とか。展示されていたのは田中耕一さん関係と利根川進先生関係。合わせて3枚写真を載せたらこんな感じ。利根川先生の展示の下の方にちらっと見えているのが、Natureの掲載号です。星の展示やノーベル賞展示ももっと写真があるので、別にアルバムでも作ります。遠くて行けない人はお声かけてください。

それでもう1回梶田先生展示に戻ったら、こんなものが売っていました。ラピスラズリです。何百円で買え、お手頃でした。最近フラスコなど理科っぽいものが雑貨としても流行っていて、ブラックライトで暗所で光る石なども人気らしいですがここにもありました。時間があれば写真展も見たかったのですが。

すぐ近くのラーメン屋「エアーストリーム」にやっと行けました。

次は何をしに行こうかな。

富山市科学博物館へ(1)梶田隆章さんノーベル物理学賞受賞決定記念受賞研究紹介展(2016/05/10まで)。

(2016/06/21 17:47追記:最近評判の悪いATOKが全然違う名前を出してきて、直したのですが姓を間違えているとは。今訂正しました)

ヨシダヒロコです。

この日、この博物館でやる用がいろいろありました。梶田さんの展示は最終日、それに”HAYABUSA 2″のプラネタリウム展示は先月まででした。両方かなり長くやってましたが行くのが遅れてしまいました。同時にこの2つが見られるのはレアなことで、行けて良かったです。

HPはこちら。わたしは子供の時に(科学文化センターという名だった)特にプラネタリウムを見に行っていました。場所はちょっと離れますが、森の中に天文台もあります。http://www.tsm.toyama.toyama.jp/

移転がもうすぐの、博物館となりにある富山近代美術館はこの日休みでしたが、スターウォーズ展をやってました。まだやってます。博物館とともに緑の中にあります。ナウマンゾウの化石があるロビーの辺りにちんまりと梶田さん関連の展示がありました。わたしは人気が高い東京駅近くの東大インターメディアテクも見ましたけど、展示会期の途中で加わったらしい重力波関連の展示もありこちらが興味深かったです。ただし東京の他の展示は見てません。

展示写真です。1月の神岡宇宙線素粒子研究所施設長・中畑先生(つまりスーパーカミオカンデの責任者)をゲストに迎えたサイエンスカフェでも見せてもらった、リアルなスーパーカミオカンデの測定状況(見ているうちにシグナルの色や形が変わります)、施設の壁にはりめぐらされた増倍管の本物がひとつ、他にパネル5枚ほど、メダル型のチョコ、梶田先生が解説するビデオ(閉館時間で全部見られなかったけど、日本科学未来館の協力)などがありました。日本科学未来館では、ニュートリノ展示が常設となっています。体験型ぽいですね。

http://www.miraikan.jst.go.jp/exhibition/world/universe/neutrino.html

写真を撮ったタブレットはこの後すぐに買い換えたくらい動作がおかしくて、光の加減を調整しましたがパネルの文字はうまく映らず、文字を読みたい方はダウンロードして確認すれば何とか、という感じです。

さらに、重力波コーナーができており、日本の(KAGRA近辺の方でしょう)研究者たちのコメントが肉筆で付箋に書いて貼ってあり、結構本音らしいものもあってまじまじ見てしまいました。ここでは2枚しか紹介しませんが、他の写真がこの先もあって、見たい方はコメントなりメールフォームなりでお知らせ下さい。

つぎは1年ぶりのプラネタリウムの話です。

※補足情報です。いま宇宙線研究所HPでKAGRA見学会の募集をやっています。こちらからフォームで飛騨市までご応募下さい。


【イベント】重力波望遠鏡「KAGRA」見学会2016 の募集を開始しました!   (魚拓)

そのうちリンクが切れるでしょうから、2016/06/29の募集が終わっても参考までにアップしときます。2016とあるからには、抽選に落ちた人には来年があると思うので。280601_KAGRA見学会チラシ

サイエンスカフェとやま「2015年ノーベル物理学賞はこうして生まれた:ニュートリノ振動の発見」その3/3(TOYAMAキラリ、2016/01/15)(追記2ヶ所あり)。

(真ん中あたりの音叉実験のところに大事な追記が、最後の方に2016年GW明けくらいまでの記念展告知を追記しました)

ヨシダヒロコです。

その1  

その2

2016-01-15 18.53.44_web

途中で「座られたらいかがですか」と促され、くだけた感じで座って話している中畑さん。

2回目はちょっと基本というか導入だったので退屈だったかもしれません(メモが間違っているかもしれないし)。わたしの隣のおばちゃんがいなくなってましたし。ここから本編です。素粒子のこと調べてたら、匂いなんてしないのに「フレーバー」とか言うそうです。本当に訳が分からないつぶつぶです。

それでカミオカンデの登場ですが、なぜ神岡にしたかということは前に第1回の打ち上げに(この時だけ)入れてもらって研究者の方に聞いたのを何となく覚えています。神岡鉱山の穴が都合よかったとか何とか。

中畑さんによると、地下に作るとニュートリノが少ない、つまり観測しやすいそうです。地上に比べて10万分の1になります。地下1000m、トンネルを1.7km行ったところにあって、カミオカンデの上がちょうど池の山(標高1368m)です。この山は富山・岐阜の県境だそうです。下の図はスーパーカミオカンデですが。

neutrino_ocillation_confirm

出典:http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa200701/008.htm

カミオカンデ(1983-1996)

3000トンの水タンク、1000本の直径50cmの管、1981年に中畑さんと梶田さんが学生として入りました。実は小柴先生は偉すぎて「さん」とはとても呼べないそうです。普通まともな学生ならこういう研究は考えないけど、梶田さんも中畑さんも山師的だったとおっしゃっていました。小柴先生が「陽子の崩壊を見つけたらノーベル賞だ」と言うので入ってみたら、延々見つからないのでどうしようと思ったそうです。小柴先生はアイデアマンで、(故)戸塚先生は「どれが使えそう」とか見極めが上手だったそうです。

チェレンコフ光

調べると原子核反応でも出る光のようですが、これを使ってニュートリノを検出します。中畑さんのお話では、地下だとやってくるニュートリノが1日に10個とか聞いた気がするので、このビデオのように沢山来るのか?という気がしますが。前にも出したビデオです。英語で言っていることはチェックしてませんが施設も光もきれいだし……。内部を船で移動するのは本当にそうです。これはスーパーカミオカンデの方です。

実際の検出画面はその1で出したようにこんな感じ(スーパーカミオカンデ)。

2016-01-15 19.01.27_web

水中では光は少し遅く進みますが、ニュートリノがたたき出した荷電粒子がそれよりも速く走るとチェレンコフ光が発生します。中畑さんはこのリンクにあるように、池を泳ぐアヒルに例えていました。

http://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/sk/detector/cherenkov.html

カミオカンデが捉えた超新星爆発(1987.2.23)―13秒間に11個のニュートリノ。その瞬間、わたしたちの体を800兆個が通り抜けました。この発見で小柴先生はノーベル賞を受賞しました。

スーパーカミオカンデ

水は50000トンで、上の動画のようにボートに乗っているスライドが出ました。ミューニュートリノは素直に走るのでチェレンコフ光がくっきりだけど、電子ニュートリノは曲がったりγ線を出したりして輪郭がもやもやしているそうです。それで区別ができます。

パターンを見分けるプログラムを1986年頃に梶田さんが作り、88年に論文を書きました。28歳くらい、博士号取ったすぐの頃。ミュータイプの数が少ない、ということでもっととどめを刺すようなデータが欲しいと。それで(それもあって?)スーパーカミオカンデができたらしいです。

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上から降ってくるニュートリノの数は変わっていなくて、地球の裏側から来るものはタウニュートリノになっていて、上下非対称(正確にはミューになったりタウになったりしている)。スーパーカミオカンデではデータがたくさん取れて、1998年に世界中に信じてもらうことができました。350人が集まったニュートリノ国際会議でずっと拍手が鳴っていました(よくTVで梶田さんが英語で発表して、結論を述べたら大拍手、というところを放送していましたが、あれです)。2016-01-15 19.11.14_Fotor

上のスライドあまりうまく撮れなかったのですが、地球の裏側から来るものにニュートリノ振動が起こってものが変わってしまっているのです。これについてはあとでもう1枚スライドがあります。

ニュートリノ振動

ニュートンは「光は粒子」といい、ホイヘンスは「光は波」といい、結局どっちでもあることが分かりました。アインシュタインが「光量子仮説」を提唱します。素粒子もみな光であり粒子、で「量子力学」という学問が誕生します。

ニュートリノの波的な現象がニュートリノ振動で、ここで音叉の実験がありました。梶田さんもサイエンスZEROに出てやってましたが、楽器を弾く人なら分かるかもしれません。チューニングの時に音がうなること。音が合っていないと、周波数が違うから他の人の楽器やチューナーと違ってしまいうなりが出ます。

音叉実験。

(2016/04/29 14:06追記:音叉の実験は、中畑先生が4/24に東大の講演会でもう一度実演し、片方の音叉におもりを付けていました。質量が違うからうなり、振動が起きるのだという話です。大事なことが抜けていました)

2016-01-15 19.19.21_web

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ニュートリノ振動は、質量の違う状態の重ね合わせ。標準理論(沢山の物理学者が100年かけて考えてきた、とあるHPにありました)を越える理論です。スライドで表すとこんな感じに。

2016-01-15 19.23.58_web

それで、ここにもある謎なのですが、過去カミオカンデからのゲストの皆さんが話題にしたこともはいっています。真ん中らへんにあります。
http://www.senshu.phys.tohoku.ac.jp/houmon/vol7.html

今回例に挙がったのは、1.なぜニュートリノはそんなに軽い? 2.宇宙の謎(ビッグバン、今回話にはなかったけどダークマター)、3. 反物質(日本人の発見)

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で、お話が終わって質問タイムになりました。皆いろいろ質問攻めにしてましたけど、例えば実際のニュートリノってどのくらいの質量なんだろうとか、ビッグバンのこととか、割と年上の男性の方が複数熱心に質問していました。

おまけでオモチャ。休憩時間に遊んでくださいね、と置いてあったんですが、このボールは投げ上げると色が変わって帰ってきます。出来のよくないものもあるらしいのですが。

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で、わたしは時間内には無理だったので、終了後にまた中畑さんのところに近寄っていって、お聞きしたいことを聞いてきました。次にブログに書こうと思っていますけど、このエントリの中で出てきた故・戸塚先生のドキュメンタリーが、ノーベル賞受賞すぐにNHK BSで再放送されました(2009年初回放送)。一言でいうと、ガンになった科学者が現場を離れ、ブログを書いたり自身を見つめて残された時間を過ごすというもので、とても色々考えてしまう内容でした。中畑さんにとっては近しい方だったので(昨日確認したところ、番組に出演されていました)ためらわれるところはあったんですが。あの番組を見ていて思ったのは、「宇宙の始まりは人間の始まりでもあるんだろうか」「始まりがあれば終わりもあって、この研究はそれとも関係があるのだろうか」ということでした。

中畑さんは「再放送されましたね」と話すとすぐに「はい」と言われ、1つ目の質問に関しては「人間を作っている物質ができた(元となるものができた?)という点では始まりと言えるかも」と。ダイレクトではないというニュアンスのようでした。2つめの質問に関しては、「今宇宙の終わりについて言われているのは、膨張していって残されたのはニュートリノと電子だけ。そこにニュートリノはあるけれど、話としては関係がない」ということでした。ニュートリノと電子しかない空間を想像すると寒々しているので、そう言いました。疑問が聞けてよかったです。それにしてもあの番組は、どこかにアーカイブでもないだろうかと思うほど胸に迫るドキュメンタリーでした。

ごはん食べて帰ろうとしたら、富山駅に市電が入ってゆくところでした(右手)。少し分かりにくいですが。

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ノーベル賞に直接関わった方のお話が聞けてよかったです。これからもハイパーカミオカンデや、富山大と共同のKAGRAなどなどいろいろあるので楽しみですね。資料をpdfで添付します。梶田さんのサインや言葉があるので、見てみてください。あと、やさしいニュートリノの話とか。スキャンする上で切れてしまったところがあるのですが、印刷して合わせてみてください。

Neutrino.pdf

難しい話を偉そうに書いてますが、素粒子物理学なんてきっと今回の受賞があってからようよう少しずつ……という感じですので、変なところがあったらご指摘くださいませ。

(2016/01/31追記:最後にサイエンスカフェとやまの旗振り役でもある科学博物館学芸員さんから告知があったのですが、いま博物館でやっているノーベル賞受賞の記念展、3月31日までの予定でしたけど伸びそうですとのこと。コンパクトな博物館ですが、増倍管は間違いなくあるそうです。天文台のはそろそろ終わってしまいますが)

(2016/04/29 14:13追記:東京駅すぐそばのKITTEにあるインターメディアテクでも、5/8までメダルレプリカなど少し展示をしています)

梶田隆章さんノーベル物理学賞受賞記念 受賞研究紹介展その他
http://www.tsm.toyama.toyama.jp/?tid=100767   魚拓

次回のサイエンスカフェとやまは3月19日、昔は高岡短大と言っていた(就職率がすごくよかった)大学が富山大に統合され、その芸術文化学部の先生が『軒下プロジェクションマッピングの発案から公開までの記録』というお話をします。実はサイエンスカフェはネット中継されています。リンクにカフェのHP(ブログ)がありますので、問い合わせるとお知らせを送ってもらえるはずです。

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