イタリア中部地震募金関係+アマトリチャーナ食べて募金(2016/09/13、17追記)。

ヨシダヒロコです。

地震の多い日本人として、また大きな地震(阪神大震災)に偶然出くわしたものとしては、いつか行きたいし長く関わりたいと10年以上言葉や文化を学んでいる国がああいうことになり、しばらくしんどかったです。東日本大震災の詳しい検証やドキュメンタリーは5年経ってやっと見られるようになりました。イタリア人の通訳者さんがTwitterにいて、そのツイートを見ていると5年前の日本のTwitter民もこんな感じだったかもと。

前のこのエントリを書いたときには、アマトリチャーナ募金が始まりだしたくらいで国際赤十字赤新月社連盟 (IFRC)は動いていませんでした。

イタリア語検定準2級2回目出願+雑感。

最初にイタリア赤十字が募金を受け付けだして、次に国際赤十字赤新月社連盟(大元。東京に聞いたけど、ここが動かないと各地の赤十字は動けない)、一昨日31日くらいに日本でもYahooと日本赤十字、駐日イタリア大使館の募金も始まりました。アマトリチャーナ募金は公開FBグループから始まって、ほぼ同じ内容がいまWordpressで作られています。

【Yahoo!基金】2016年イタリア中部地震支援募金  イタリア大使館に送られます。

以下の振り込み情報はFBグループより抜粋。わたしはゆうちょより赤十字にまず募金しました。
ゆうちょダイレクトなら、通信欄はメッセージのところに数字とカタカナでOKではないかと。
◎日本赤十字社
郵便振替(ゆうちょ銀行・郵便局)
口座番号 00110-2-5606 口座名義 日本赤十字社
※振替用紙の通信欄に「2016年イタリア中部地震」とご記入ください。
※窓口でのお振り込みの場合は、振込手数料は免除されます。
銀行振込 三井住友銀行 すずらん支店    普通 2787760
三菱東京UFJ銀行 やまびこ支店  普通 2105765
みずほ銀行 クヌギ支店      普通 0623374
※ 口座名義はいずれも「日本赤十字社(ニホンセキジュウジシャ)」
※ご利用の金融機関によっては、振込手数料が別途かかる場合があります。
◎イタリア大使館 三菱東京UFJ銀行 本店  当座0143319 名義:インテーザ・サンパオロ・エッセ・ピー・ア 東京支店
義援金と明確にするため振込の際は振込人の名前の前に305を入力して下さい。
Intesa San Paolo SPAはイタリアの大手銀行です。
14063866_1204573946283769_3855942226739725357_n◎アマトリーチェ市の銀行口座 IBAN:IT 28 M 08327 73470 000000006000
Swift Code: ROMAITRR Causale:Donation for earthquake
日本からの送金の場合は送り先の住所、支店なら支店の住所も必要になると思います。Swift codeをネットで検索すると住所が出てくるようです)
イタリアの全ての携帯からはSMS45500でTesoreria Centrale dello Stato in favore della Protezione Civileに€2の寄付が出来ます。

 

◎Poste Italiane e Croce Rossa Italiana
(イタリア郵便とイタリア赤十字社) 銀行送金

送金先名: Poste Italiane S.P.A.
Country:イタリア (Italy)
City :ローマ (Roma)
Address:Viale Europa 175
Location:00144 Roma

IBAN: IT38R0760103000000000900050
BIC/SWIFT: BPPIITRRXXX
Beneficiario(受取人): Associazione Italiana della Croce Rossa

送金目的: Poste Italiane con Croce Rossa Italiana – Terremoto Centro Italia (イタリア中部地震。イタリア赤十字社とイタリア郵便 募金)

イタリア赤十字社へのネット送金は、日本からはPayPalが寄付目的で使えないので英語で募金するのがコツらしいです。イタリア語だとPayPalしか使えなかった気が。

(2016/09/17追記:しばらく前に、ミラノ・インテルでプレーする長友選手がソフトバンクと組んで募金を始めました。
「ソフトバンクとインテル・ミラノの長友 佑都、『Cuore(心)募金プロジェクト~日本のCuoreをイタリアへ~』を開始~2016年イタリア中部地震の被災地を支援~」)

http://www.softbank.jp/corp/group/sbm/news/press/2016/20160905_01/

次は、被災地の村の1つがアマトリチャーナの故郷だったことから。ベーコン(向こうでは正確には違いますが)と正式には塩気のある山羊チーズを使ったトマトソースパスタです。下はお店用の素材です。右が改良版。(2016/09/13書き換え:元々ユーロ表記だったものをなくし、日本の募金先を入れたものを追加しました)

FBグループ イタリア中部地震支援情報〜アマトリチャーナの故郷を救え

公開なのでアカウントなくても見えて、トップにレストランリスト・募金先リストがあります。

(2016/09/13追記:トップの文章がレストランが増え続けるため更新できなくなっていて、Excelファイルで更新しています)

(2016/09/13追記:5日夜に金沢のエヴァンス(evans)さんに行って食べてきました。小規模だけど30年やっているフレンドリーな店で楽しかったです。また行こうっと。北陸でこの募金リストに参加しているのは現在金沢2店、福井1店で、自主的にやっているところもあるかもしれません)

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イタリア中部地震支援 アマトリチャーナの故郷を救え – イタリア中部地震 #AMAtriciana に賛同したイタリアレストランをまとめたウェブページです。

上のサイトのWordpress版。FB入ってない人のために。イタリア語で「愛する」(love)という動詞はamareなのでAMAが強調されているのだと思います。

イタリアが震災のときにしてくれたことについては、Twitterなどで「パスタ10トン」という話が回っているのですが、情報源は外務省のHPです。

東日本大震災に際しての諸外国等からの物資支援・寄附金一覧

(2016/09/17追記:イタリアに日本の震災後住んでたり旅行したりした人は、あちこちで慰められたり「日本頑張れ」と日本語で書いた旗を見たそうです)

https://www.facebook.com/groups/amatricianaJP/permalink/1766370863577698/

イタリアに関して今のところ最後にあるお話は、ちばてつやさんがアマトリチャーナ募金に参加してそれをブログに書き、Forza Amatrice!(頑張れアマトリーチェ)と書いたジョーの色紙を書いてくれたこと。

パスタを食べて・・・!|ちばてつやのブログ『ぐずてつ日記』

Twitterで、上の募金を言い出したイタリア人が「『あしたのジョー』を知らないイタリア人はいません。マエストロによろしく」(イタリア語でよろしくはなさそうなので、「ありがとう」でしょうか)と感激したそうです。わたしも一昨日久しぶりにSkypeレッスンを受けたときにナポリ人の先生にその話をしたら、イタリア人がみんなジョーを知っているのは本当だそうで、ブログを見て何かしんみりした感じで「ありがとう」と言っていました。

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イタリア関連の情報は以上で、情報があれば追記します。

(2016/09/13追記:松本零士先生も色紙書きました。あちらではキャプテン・ハーロックが有名だそうです  イタリアへのメッセージ  シャルリー・エブドがまたバカをやらかした直後だったので、少しは中和されてくれたらいいんですが。イタリアで色紙のことが新聞記事になっていました)

(2016/09/17追記:アマトリチャーナ募金はGoogle mapで世界的につながっています。表明してくれたレストランがみなあります)

https://www.google.com/maps/d/u/0/viewer?mid=1vqLY9VlCBnX-WupbnzqDr6KZ79A


 

なお、イタリア地震とほぼ同じ頃に起きたミャンマーの地震では重要な寺院などに被害が大きかったそうですが、今のところ何か支援している様子が見つかりません。Twitterで高田馬場(リトルヤンゴンがある)にごはん食べに行った方に聞くと、特に募金などはしてなかったそうです。

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フォルツァ問題その後(2016/05月末)。

ヨシダヒロコです。

フォルツァ休館について春頃2本ブログを書きましたが、未だによく読まれていると思います。最近は新しい映画館を探して間違ってここに来られる方も増えています。

その後フォルツァ問題がどうなったかということですが、「考える会」会合はわたしの知る限りありません。体調が万全でなく、FBも適当に画面上の方だけ見てたことも多かったので。昨日だったか、この記事が回ってきました。全文引用しますけど、大事なことなのですみません。取材して頂いて有難いのですが、すぐに消えるためリンク貼ってもうーんと思って……

富山・ミニシアター休館 ファンら再開へ運動 シネコンと共存、探る声も /石川

176席を完備し、数々の名作を上映してきたフォルツァ総曲輪の館内=富山市総曲輪3で、古川宗撮影(ブログ主注:写真は省略しました)
 

 芸術性の高い欧州映画や社会派ドキュメンタリーなど、大手配給会社が扱わないジャンルを上映するミニシアター「フォルツァ総曲輪(そうがわ)」(富山市 総曲輪3)が今年9月末で休館する。富山市が補助金の打ち切りを決め、運営が難しくなったためだ。「映画ファンの交流の場なのに」。根強いファンが多く、 存続を求めて署名活動を始める動きも出ている。【古川宗】

 

 ■補助金打ち切り

 フォルツァ総曲輪は元々、映画館「ウィズシネマ」が入っていたビルを改修し、2007年2月にオープンした。市が委託する第三セクター「まちづくりとや ま」が年間約4500万円かけて運営。入場料などの収入は年間約3000万円で、差額の約1500万円を市が毎年、補助していた。しかし、16年度予算で 上半期分約850万円が最後とされ、9月末で休館することになった。

 ■活用法は未定

 市は理由として、近くにシネマコンプレックス(複合型映画館、シネコン)が6月、オープンすることを挙げる。総事業費約84億円のうち、国と県、市が約38億円を補助して完成した再開発ビル「ユウタウン総曲輪」内に開業するシネコンで、8スクリーンを完備する。

 フォルツァ総曲輪は休館後、改修する予定だが、その後の活用法は未定。市中心市街地活性化推進課の奥沢靖課長は「映画館として再開するか、違った形で活 用するかは、今後検討していく」として、「あくまで休館」と強調。だが「『街中に映画館を』という当初の役割は終えた」とも説明しており、「実質的に閉 館」と受け止める映画ファンもいる。

 ■全国に逆行

 ミニシアターは、北陸地方では金沢市の「シネモンド」や福井市の「メトロ劇場」が上映を続けている。

 全国のミニシアターや自主上映する団体が加盟する「コミュニティシネマセンター」(東京都渋谷区)によると、1990年代に全国的にシネコンが増え、地 域のミニシアターは減少。しかし、2000年代になると、一旦閉鎖したミニシアターが、行政やNPOの支援などを受けて、再開するケースも目立つように なった。

 事務局長の岩崎ゆう子さんは「シネコンとミニシアターではジャンルも客層も違う。民間でやりきれないことを行政が支援することに意味があるし、共存する方法はあると思う」と話す。

 ■考える会結成

 フォルツァ総曲輪の掲示板には「ここでしか見られない映画があった」「富山の文化を消してはいけない」など多くの声が貼り出されている。有志6人が 「フォルツァ総曲輪の未来を考える会」を結成し、6月から、休館後の再開を求めて署名活動を実施する予定。10月からは、同館スタッフを交えて市内で自主 上映会も考えており、代表で映像制作業の島倉和幸さん(46)=富山市=は「市の判断は短絡的だ。行政の補助を受けずに上映を続けられる方法を考えたい」 と話す。

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そのうち消えるので、魚拓

この自主上映会的な動きは「考える会」有志の方ももともとFBで言ってて、それ読んでて昔高岡にミニシアターがあったことを知りました。富山にいなかった時期もあるので。

その復活版というのでしょうか、以前にもあった企画のようですが週末に上映会があります。映画館どころか近所のスーパーに行けてない状態だったのですが、なるたけ都合をつけたいです。フォルツァの方も関わっています。

FBイベント 映画『A Film About Coffee』高岡上映会

2016年6月4日、5日です。見てもらえば分かりますが、トークもあります。

A film about coffee

ついでですが、関連して冬にこんな本が出まして売れてるらしいです(バイオ系研究者さんが書いている。Twitter見るに面白そうな方)。わたしも興味があって買ってはあるのですが。

コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか (ブルーバックス)

旦部 幸博

講談社

2016-02-19

by [Z]ZAPAnetサーチ2.0

自主上映会の方向に行くとしたらなんだかカレーフェスタを思い出すんですが、2回お手伝いしただけで運営側の詳しいことまでは知らなくても、いろいろ難しいことをクリアしなければいけなかったことは少し聞きました。お客は来るだけでいいのでしょうけど。上映会も採算とか考えないとだし、みんな仕事あるのにまるまるボランティアなのかとか思うんですけれど、学園祭的なワクワクがあるのも確かです。

NHKの震災復興番組『明日へ』を見てます(追記あり)。

ヨシダヒロコです。

震災関連番組はたくさんは見てこなかったのですが、見だしたのはたしか1月頃からだったと思います。5分1分、60分その他のバージョンがあるようです。淡々としたドキュメンタリーで、そういうのを作れる日本の番組はNスペなど大御所以外のNHK、民放ではBSにあると思いますが地上波にあったら教えて欲しいという感じです。

『明日へ』は被災者や支援者へのインタビューを主に作られており、例えばこんな話がありました。

http://www.nhk.or.jp/ashita/bangumi/archives/

1.震災後現地入りして演奏したピアニスト。「自分なんかが何の役に立てるのか」と思っていたけれど泣かれんばかりに喜ばれた。それで中古などのピアノを被災地に寄付する活動を始めた。そのおかげで、ピアノが津波に流された保育所などでもまたピアノが弾ける。お礼の手紙が来て、「ピアノのおかげで音大に入れました」

これは『あの日わたしは』という5分番組で、こんな感じ。

あの日 わたしは 〜証言記録 東日本大震災〜
宮城県仙台市 庄司美知子さん

宮城県仙台市のピアニストの庄司美知子さんは被災地にピアノを送る活動に取り組んでいる。庄司さんは震災翌月に演奏を依頼を受け、南三陸町の避難所を訪れた 時、「ピアノを弾きたい」という少女の言葉が気になっていた。その後「被災地へピアノをとどける会」を立ち上げ、全国から寄贈されたピアノなどを被災地に 送る活動を始めた。庄司さんたちが届けたピアノの数は400台以上を超え、庄司さんたちの元へは、ピアノを贈られた人々から、たくさんの手紙などが寄せら れている。

2.これはとても悲しい話。岩手県釜石市。津波での死者が多かったところかと。遺体がどんどん増え、収容する場所も焼く場所も足りなくなり、他県が火葬を引き受けてくれたり一時的に土葬したり。でも家族にとっては土葬は可哀想と掘り返した例が多かった。葬儀業者さんの話で、亡くなったのは小さい女の子、お父さんが「最後にお別れをしたい」といった。ただその業者さんによると亡くなった人を最後に覚えているのはお別れのとき。なので、遺体の状態から「見られない方が良い」とアドバイスした。この回だったと思うのですが、10歳くらいの男の子とその弟さんが写真に写っていて、弟さんが流されて行方不明になったそう。「弟を探してくれた消防士さんを見ていて、私も消防士になりたいと思いました。今年、消防士になりました」。これは下の「こころフォト」からの紹介かも。

3.福島県浪江町の、「ふくいち」冷却その他に直接関わった消防士さんたちのドキュメント。この話だけが貴重なのではないが、仕事上いるかもしれないので保存。どうも、こういうドキュメントは初めてか、かなり稀だったらしいです。

名前がちょっとださいですが、こころフォトなるものがあります。亡くなった方や行方不明の方の写真を集めています。

NHKでは東日本大震災で失われた一人一人の命の尊さを忘れないために、また、残された方たちがどう生きようとしているのか、被災地の「いま」をお伝えす るために、写真とメッセージを募集しています。写真だけでなく、心のこもったメッセージをお伝えしたいという思いを込めて「こころフォト」と名付けまし た。

http://www.nhk.or.jp/kokorophoto/index.html

『明日へ』はずっと放送していたと思うのですが、今までせいぜい放射線について勉強したり、被災地関連情報でおかしいことはおかしいといったりすることしかできず、この手の話には冷静になれなくて避けてきたところがあります。1月頃に、自然に「そうだ、見よう」と思えました。他には、もともと気になった番組をチェックしているEテレ『ハートネット』(生きづらさを抱えた人についての番組制作)も静かだけど胸に迫るものを作っています。

震災直後、「絆」という言葉が流行るというかなんというか、「災害ユートピア」という言葉までありましたが、よく分からない絆の強調は苦手でした。ドキュメントを見ている限り、被災地では全くそれどころではなかった。『花が咲く』でお手軽に感動して、みたいなことをTwitterで言っている人がいましたが、言いたいことは少し分かります。でも仙台出身の羽生選手がお友達の指田郁也さんの歌に乗せて踊ったのは素敵でした。この映像のロングバージョン(メイキング)に歌手も出てきます。

NHK 仙台放送局のHPがきれいです。映像とか特に見られませんが。
http://www.nhk.or.jp/sendai/hanasakuhanyu/

浅田真央選手が『ジュピター』(わたしが歌詞が苦手な平原綾香ではなく、聖歌のようなバージョン)で東北の専門学校生に衣装縫ってもらい、子供たちと滑ったのを今頃頃知りいいなーと思いました。関わった人にはいい思い出になるでしょう。わたしが見た10分番組では、メイキングを入れてお姉さんの舞さんがナレーションしてました。

最後に、医師による5年前の諸外国からの寄付でクウェートが突出していたというツイートまとめを引用します。クウェートが額ではダントツだったらしいです。医師が1人いればたくさんの人が助かりますしね。他に台湾の寄付金で何かできたと読んだ記憶が。大変な被害だったとはいえ、その他各国の支援もありがたいことです。

新設される東北医科薬科大学医学部の莫大な修学金はクウェートからの東日本大震災支援金だった

3月11日は静かに過ごします。

(2016/03/10 15:45追記:『明日へ』は追悼特集番組があります)

http://www.nhk.or.jp/ashita/311/

あとこんなのもありました。

 

(2016/03/10 14:21追記:福島市の方からツイート引用の許可を頂いたので貼ります。他に番組情報。オンデマンドで放送がある場合もあると思いますので是非)。

 

震災特集のハートネットで見たのはこれ。去年のナチスT4計画など、Nスペになった番組あります。Nスペ嫌いですけど。オンデマンドにはないので、代わりに番組の書き起こしがあります。他にも避難に関する番組あって、まだ見られていません。『明日へ』は震災の日当日、特別番組をするそうです。

シリーズ東日本大震災から5年 第3回 帰還、されど…―福島・障害者福祉は今―

BS1スペシャル「廃炉の記録~福島第一原発・放射能との闘い~」

廃炉が技術的にどう進んでいるか知りたい方にお薦め。NHKはNスペばかりでアーカイブ残していませんが、有志が複数Youtubeに上げています。

ETV特集「ホームタウン~福島県南相馬市小高区で会った人々~」

これから再放送があります。

フォルツァ総曲輪(富山市単館系)、上映休止だってよ。

ヨシダヒロコです。

某所から(なんか言おうよ的な)圧力を感じたので書いておきます。
ちょっと仕事であっぷあっぷしておりまして、あまり反応できずにおりました。

北陸中日新聞2016/2/11(魚拓

フォルツァ総曲輪 9月末 上映休止 独立系、社会派9年間で幕 富山市などシネコン誘致で

9月で映画の上映が休止となるフォルツァ総曲輪=10日、富山市総曲輪で
写真

 富山県内唯一のミニシアターとして市民や映画ファンに親しまれてきた富山市総曲輪のフォルツァ総曲輪が9月末で映画上映を休止する。6月に近くの再開発ビルでシネマ・コンプレックス(複合映画館)が開館するのを受け、市と運営する市出資の第三セクター会社「まちづくりとやま」が判断した。9年間にわたり館を支えたファンからは惜しむ声が上がりそうだ。(松岡等)

 フォルツァは、市中心部から映画館が次々に廃業した二〇〇七年二月、閉館後の映画館を活用してオープン。当初はまちなかで映画を見られる環境を維持しようと、市民有志らが運営する公設民営の施設としてスタートした。現在は市の補助金を受けて「まちづくりとやま」が運営している。昨年の補助金は千五百四十四万円。

 大手配給会社の配給映画がメーンのシネコンとは一線を画し、欧州やアジア、国内の独立系プロダクション製作作品や社会派のドキュメンタリーなどを年間約百二十本上映。近年は映画館としての認知度も上がり、開館当初は年間約九千人ほどだった入場者数も昨年は一万五千人ほどまで増えていた。

 昨年は塚本晋也監督の「野火」など話題作を上映。富山県氷見市出身でドキュメンタリー映画の鎌仲ひとみ監督や「箱入り息子の恋」をヒットさせた同県射水市出身の市井昌秀監督ら地元ゆかりの映画人からも評価を受け、俳優の井浦新さんや安藤サクラさんらも出演作上映時に館を訪れた。

 客席は百七十六席。一四年、主流となっているデジタル化に対応するため、約四百万円かけてDCP(デジタル・シネマ・パッケージ)導入、最新の配給作品に対応できる態勢も整えていた。

 フォルツァは、ほかに音楽や演劇などができるライブホールや、絵画などのカルチャー教室も運営しているが、これら事業も合わせて休止する見通し。今後、施設を貸し出すなどの活用方法を検討していく。

 金沢市では「シネモンド」が有限会社として、運営には行政などの補助を受けずに同様のアート系映画を上映する。

 土肥悦子代表は「フォルツァのようなミニシアターとシネコンでは上映する映画の種類が全く違う。映画の多様性を支える場が失われるのは残念だし、カンヌやベルリンなどの国際映画祭で賞を取るような作品が見られなくなるとしたら、他都市との文化的格差も生まれる。街の人たちのためにも行政がサポートするべきではないか」と話した。

総曲輪フォルツァや兄弟分のシネモンド(金沢市)には、足が運べるときですけどお世話になっていて、3月くらいまでで3本ほど見たい映画がありました。

年末年始に2015年に見た映画とかいうエントリを2回シリーズでやりましたが、あの中にはフォルツァで見た作品が3作、シネモンドが1作ありました。

新幹線が通って意外に儲かって、次はもうちょっと儲かる何かを市は考えようとしているんでしょうか。
中心街である総曲輪の単館を休止(→そのまま休館?)にして、その辺にシネコン建てるんですって。
車で10分ちょっとで別のシネコンが、30分も運転すれば高岡に別のシネコンがあるのに。そこで例えばみんなSWやるんでしょうか。アホくさ(SWがアホくさいという意味ではありません)。

ざっと聞いているところだと、単館系の上映を引き継ぐわけでもなさそう。

フォルツァの上映作品にはわたしから見て「ちょっとこれは」というものがあったことは、ご存知の方なら知っているかも。でも英語以外の作品、英語や日本語が原語でもマイナーな作品など、色々見せてもらいました。もう9年です。「富山では見られないかも」と思っていても、映画見たついでにチラシにシール貼っておくとそこそこ叶っていることが多かったです。

わたしは金沢読書会(ミステリー)に出ることがあり、そこで他県の方とお話しすると、文学的なものとか文化を期待されていることが多い。シネモンドで三文豪の作品を秋に上映するんだ、年配の人が多くてね、というと興味を持たれるようですが、年に1回なので叶いません。犀星作品『蜜のあわれ』はなんとか上映するのでしょうか?

いずれにせよ残念なことで、全国的に単館系の映画館は減ってきているとはいえ、どんどん同じフォーマット(中身も同じ)のものがたつのは気味が悪いですね。シネコンって2つくらいしか系列知らないのですが?

正 午

中原中也

       丸ビル風景

ああ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
月給取(げっきゅうとり)の午休(ひるやす)み、ぷらりぷらりと手を振って
あとからあとから出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちゃな小ッちゃな出入口
空はひろびろ薄曇(うすぐも)り、薄曇り、埃(ほこ)りも少々立っている
ひょんな眼付(めつき)で見上げても、眼を落としても……
なんのおのれが桜かな、桜かな桜かな
ああ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちゃな小ッちゃな出入口
空吹く風にサイレンは、響き響きて消えてゆくかな

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去年フォルツァで見たこの映画の原題は、”Pride”です。

2015年度末の募金(少額ですが)。

ヨシダヒロコです。

確定申告の時に領収書があると免除される(だったかな?忘れましたが)もあるので、12月中に募金したいところへささやかながら募金しておきたいと思っていました。一部は来年度になるかもしれません。

AMDA

まず気にかかっていたのが、たまに少額募金していたAMDAから夏頃に珍しく募金のお願いが郵便で届いたこと。確かネパールの支援だったかと思いますが、ニュースレターからは惨状が伝わってきた覚えがあります。そのころ募金している場合ではなく、最近やっと一息ついたので。ここは岡山の医療NGOで、何か海外に災害が起こると医師や看護師を派遣しています。もう、災害の翌日に出発です。機動力がすごいです。今HPを見たら、ネパールの復興は進んでおらず、アフガニスタンにも地震があって緊急募金をしています。今年は色々あったから、用途を指定せずに送金しました。

URLはこちら。http://amda.or.jp/

Kagra

次に、東大の早野龍吾先生に少額でも(わたしは1000円でしたが、もっと少なくとも構わないんだったかと)募金しようと東大のサイトに行ったら、梶田先生のKAGRAプロジェクトへの募金も見つけました。下の方に案内を貼りますが、今度は「重力波」を施設作って実験するんだそうで。建設予定の「ハイパーカミオカンデ」は、もう立派なHPできてましたが、KAGRAとは別物みたいです(どっちも神岡)。富山県民としてはこちらも捨てがたいので両方に同じ金額。早野先生向けには、プロジェクトを限らず「その他」にして「早野先生支援のため」にするのですが分かりにくいです。

東大基金URLはこちら。http://utf.u-tokyo.ac.jp/index.html

ハイパーカミオカンデHPはこちら。http://www.hyper-k.org/

KAGRA紹介pdfです。kagra.pdf

CiRA

今年やっとインタビュー本を読んだ山中先生の京大iPS研、CiRAにも募金しました。偉いボスほど部下の手柄を称えてくれるもののようですが、部下の研究者について何かあれば言及している方の1人と思います。

URLはこちら。右の方に募金ページへのリンクが。ここも自由に金額設定できます。

https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/index.html

他に思いついてお金があったら少しでも送っているところ。これは来年以降かな。

NPO引退馬協会(震災で被災した馬の基金)

http://rha.or.jp/hisaiba-info/

毎度おなじみですが、ペシャワール会。

http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/index.html

写真展や講演会が全国を回っています。中村先生はクリスチャンですが、ムスリムの方にも「あの先生の本は全部お薦め」だそうです。読み切れないほど情報がある会報(今は会員ではないのですが)が時間をおいてネットで見られるようになりました。ご興味ある方は是非。

「いちから聞きたい放射能のほんとう いま知っておきたい22の話」の簡潔なレビュー。

理系出身でありながら物理が苦手だったヨシダヒロコです。

今日この本が届いて、夕方からゆっくり読み始め、さっき終わりました。

正直、詳しくレビューすればするほど読んだときの楽しみが減ると思うので、簡潔に。(2014/03/17追記:最後に菊池先生からのツイートがあります)

わたしは以前「『いちから聞きたい放射能のほんとう:いま知っておきたい22の話』予約開始。」というエントリを書いて、その中で著者のおひとりである菊池先生に草稿を見せて頂きました。わたしがDM(ダイレクトメール)で指摘したのは、1)元素周期表があったら良いと思う 2)等価線量とか実効線量が難しかった 3)光は波であり同時につぶつぶであることは説明しないのですか?の3点だったと思います。

それがどこまで取り入れられたのか分かりませんが、周期表は手書きの、おかざき真里さん(伊東美咲主演で2006年にドラマ化された「サプリ」の原作者さんです)による素敵なものが付きました(2014/03/17追記:挿絵は一部イラストレーターさんが描いているそうです)。α線とかで崩壊するときにも丁寧に部分的に出てきました。2)はわたし的にはもう一度読んだ方が良いかな。ですが、放射線の解説を一通りしたあとにおさらいのページがあって、それを読むとある程度整理できます。3)については、一旦先生は「説明を諦めた」とお返事を返してこられましたが、結局本の中では説明していますね。

いちから聞きたい放射線のほんとう: いま知っておきたい22の話 (単行本)菊池 誠筑摩書房

2014-03-15

by [Z]ZAPAnetサーチ2.0

裏表紙には猫がいます。
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Amazonの書影にはない、帯です。
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おかざきさんの絵が素敵で、特にDNAのらせんが気に入りました。これ、著作権上まずかったら削除しますが、例えばα崩壊はこんな風に絵になっています。このページのようにアイコン付きの対話形式になっています。菊池先生とミュージシャン仲間である(菊池先生はテルミンの演奏者で、良くライヴをやってます)ZABADAKの小峰公子さん(実家が郡山)とのチャットを再構成したものらしい。

IMAG3103

一読して、過去わたしが読んだものとはだいぶ変わっている気がします。第1部は放射線の知識が書いてあって、第2部はリスクや体への影響などが書いてあります。第2部はなんか読んだ記憶がないので、後から書かれたものかも。第2部は特に良かったです。除染のやり方とか知らなかったです。被災地の人もそうでない人も、読めば安心する人が出るのではないでしょうか。

イラストが漫画家さんによるというのは確かに科学書ではあまり例がなくて、先生も得意の音楽(有名どころの洋楽)ネタでジョークをかましてくれるので大笑いしてしまいました。

最後に、目次を書いておきます。Amazonにはないので、購入検討中の方は参考にして下さい。

****

第一部 放射線ってなんだろう

1.みんなつぶつぶでできている――原子と原子核のこと
2.放射線はやるせなさエネルギー――α線のこと
3.電子ビューン――β線のこと
4.光って、つぶつぶ――γ線のこと
5.ダイスをころがせ――半減期のこと
6.からだのなかの放射性物質――生物学的半減期のこと
7.単位と大きさのこと
8.ベクレルってなに?
9.ふたつのシーベルト――等価線量と実効線量
10.何を測ってるの?――空間線量率
11.食べたらどれくらい内部被ばくする?――預託実効線量
12.ここまでのまとめ

第二部 放射線とわたしたち

1.気になっていたことをこの際、聞いてしまおう
2.放射線ってどういう影響があるの
3.遺伝子と放射線のこと
4.放射線とがんのこと
5.母親も、将来母親になる人も
6.子どもの甲状腺がんのこと
7.核実験の時代――むかし降った放射性物質のこと
8.まわりにある放射線――自然放射線のこと
9.除染してわかったこと
10.放射線とわたしたち

この本を読んでもっと知りたくなった方のための参考書が2冊、最後に挙げてあります。あと、最近出たばかりの本で、中西準子さんの「原発事故と放射線のリスク学」という本にもわたしは興味を持っています。Amazonでは一時的に現在品切れですが。

読みたい本が多くて大変です。暇なうちに片付けておかないと。実際は、割と楽しいんですけどね。

(2014/03/17追記:わたしの誤解についての菊池先生の説明です)

 

科学的検証と個人攻撃は分けましょうよ。

ヨシダヒロコです。

以前、「リケジョ」という言葉について否定的なエントリを書き、その中で小保方さんに多少違和感を持ったようなことを書いています。わたしの周りにはいないタイプの理系女性だったからです。そのエントリは削除しません。同時に、Twitterでいろいろツイートやリツイートしたのも削除しません。

先日の理研の中間報告会見は全部見ました。途中2時間過ぎから質疑応答をツイートし始め、沢山の方に見てもらいました。場所は忘れましたが、某ブログにわたしのツイートが1つ使われていました。こういう場で何ですが、光栄でした。わたしは最終学歴は学士ですし、ライフサイエンスは素人ですから。

さて、会見を見ていて、野依先生が大変厳しい言葉を発していたこと(普通、震え上がるでしょう)、他の理研の方々も「困ったことをしてくれた」と思っているのが伝わってきました。論文掲載後早々とネットで始まった検証を知って、論文として呈をなしていないことは理研でももう分かっているんですね。

わたしが懸念していることは2つあります。STAP細胞については追試なりなんなりして検証すべきと思うのですが、まずマスコミの個人攻撃が激しいことです。昨日だったと思いますが、割烹着やピンクの壁はメディア向けに1ヵ月前に準備したなんて報道がありました。これはすぐにTwitter上の理研内部の方によって訂正されました。誤報だったわけですね。でも、新聞とか読んだ一般の人が分かるでしょうか?うちの親なんかも、「この町内に分かる人はいない」とか言ってますよ。

持ち上げて落とすのは日本のメディア、好きですよねえ。ついこの間も似たような話が。「リケジョの星」とか「ノーベル賞狙える」とか書いたの、忘れたんでしょうか?舌の根も乾かぬうちによくもまあ、という感じです。

もう1つは、小保方さんの精神状態が悪いこと(追記:会見で理研側が何回か言っていました)。東スポの報道ですが、従って信憑性にはクエスチョンマークは付きますが、24時間自傷行為などしないように理研の人間が付き添っていると言うこと。最悪の結果にならなければいいのですけど。どんなに付き添っても起こるときには取り返しの付かないことが起きるものらしいです。昔、主治医にそう言われたことがあります。科学的なことはともかく(彼女にはもう区別が付いていないかもしれませんが)、くだらない報道で追いつめないで欲しいです。

わたしの懸念は以上ですが、世の中には涙ぐましい努力をして博士号を取って、「どうしてこんなことに」という人生を送っている方も沢山いると聞きます。そういう人々は今何を思っているのだろうか、と考えます。呆れているか、怒っているか、空しく思っているのか。そのどれでもないのか。ユニットリーダーとはかなりの高給取りらしいので。

いずれにしても、科学的検証と個人攻撃は分けましょう。

あれから3年と言うけれど……&被災馬救済について。

ヨシダヒロコです。

3月11日は、被災地域の人から回ってきたツイートで「もう3年なんて言って欲しくない(何も終わってないから、という意味)」というものを見かけたので、そしてわたしもTVなどで生々しい映像を見たくなかったので、やるべきことをやりながら静かに過ごしました。

14:46には通院のため電車の中にいました。意味があるかは分からないのですが、黙祷はしました。これは「気持ち」だけで、被災者の方々の何の役にも立たないだろうことを意識しながら。

震災が風化していっているのを感じます。

ところで、わたしはほんのたまになんですが、「NPO法人 引退馬協会」というところにわずかな寄付をしています。以前、非常によく読まれている鎌仲ひとみさんに関してのエントリで書いたことがあると思います。正直、UNICEFや赤十字あたりの大きすぎる組織が信用できないのですよ。日本ユニセフはUNICEFとは別組織ですしね。

父が競馬好きだったことから、小さい頃に競馬場に連れて行ってもらったことがあり、哺乳類では犬猫の次に身近だったかもしれない馬。近くで見たことはないのですが、とても人のことをよく分かっている動物だと言います(賢いから好きというわけではありません)。

このNPOは小さいところながら、2000万の寄付を年間集めています。大型動物の世話にはお金がかかりますから、この金額が大きいのか小さいのか分かりません。ですけど、見ている人は見ているんだなと。

HPから引用します。

年末には、「馬の避難所」で、南相馬市の負担により管理していた馬24頭に”食肉として屠殺をしてはいけない”という目印の「焼印」が施され、20キロ圏内の元の厩舎に帰りました。しかし、被災馬を引き受けたいと譲渡を希望している方々への県外移動許可は下りないままで、飼い主は今後はたくさんの馬を抱えた、飼い主負担の飼育が余儀なくされます。また、20キロ圏内は人の生活は許されない地域ですから、飼い主は避難先から通いながらの飼育管理となります。

 

一方避難先で生活する人の中には、長引く先の見えない状態に、震災前に家族同様に飼っていた馬を、知り合いの厩舎に預けたまま、手放さざるをえなくなる人、あるいは、預けるところが定まらず、転々とするうち、結局は20キロ圏内の誰も住んでいない、元の厩舎に戻すしかなかった人もいます。

これらの現状は、今後さらに厳しくなる状態と考えられ、引退馬協会としては、移動できない馬の飼料援助と、行き場を失った20キロ圏内に住んでいた馬たちへ援助が必要になっていると考えています。

 

馬を救いたいと願う多くの人の声で救い出された馬たちです。馬たちによって経済的にも精神的にも飼い主さんたちが追い込まれないように、譲渡予定の馬が最後の一頭まで移動できるまで、また、避難生活の方々の馬が安心して暮せるよう、皆様の温かなご支援を賜りたく、ここに改めてお願いする次第です。

 

皆さまのご協力を、何卒、よろしくお願い申し上げます。

相馬野馬追には、いつか是非行ってみたいです。あるドキュメンタリーで、妻子と馬を失ったばかりの初老の男性が、それでも馬追に出ると馬を借りて甲冑に身を包んで、というのを見ました。あれが忘れられません。

馬には口がきけません。もし、これを読んで少しでも寄付をしようと思って下さる方がいらしたら、とても嬉しいです。

最後に、馬ではなくて原発処理の話で興味深い話を今日見つけたので貼っておきます。Twitterでは有名な原発作業員さんのインタビューです。

【3.11】福島第一原発の収束作業現場は3年でどう変わったか? ベテラン作業員のハッピーさんに聞く

シリアからボストンへのお悔やみ横断幕。

ヨシダヒロコです。

月曜に、入院で飛んでしまった英会話に行ってきました。検索結果がなかなか多い高岡市の「オデッセイ英会話」(以前はオデッセイ英米会話)で、ノエルという英国人にプライベートで1年、その前にそのお兄さんのジェームスにプライベートで1年レッスンを受けてます。

レッスンの内容は自己申告制で、音声のものが多いかな。普段できないので。”Sherlock”なんかも使いましたし、その日はWar ChildのFBポストで見かけた英Channel 4 のドキュメンタリー10分でした。グロくてもこれが本当に起こっていることです。内容は淡々としていて、これぞドキュメンタリーという感じ(War Childは30年ほど歴史があるそうで、Museのチャリティーコンサートやったりなかなか斬新ですよ。ライヴの音源が良かったので、1ヵ月ほど聴いてます)。

Aleppo: a city abandoned by the world?

英語が分からなくても悲惨です。解説受ければ、音声からも結構単語が覚えられます。それに、できたらケンブリッジ英検を受けたいと思っているので……来年ですけどね。

そこで教えてもらった、Twitterで拡散したらしい写真。

image.php

「ボストンの爆弾事件は、毎日シリアで起こっている悲しい光景の象徴です。お悔やみ申し上げます」。

(追記)写真を引っ張ってきたこのブログ、もうちょっとよく読みたいです。「なんと素晴らしい、複雑なメッセージだろう。ピースサインがsweet」とか言っています。

下が、以前ジャーナリスト常岡浩介さんのGoogle+に載ったアレッポの石鹸。女性に人気ですよね。この方のFBポストは、フィード購読していると悲惨なシリアの写真が流れてきます。

20120822_153410

シリアの支持団体と言えば、もうひとつあります。これもイギリス発なんですが。どなたかアメリカかわたしの読める(西・伊なら頑張って読みます)言語でやってる支持団体ご存じですか?日本にもあるかも。

Hand in hand for Syria

どっちにも10ポンドずつ募金してみましたが、たしかPaypalしか受け付けてくれなかった覚えが。わたしは募金情報を良く流しますが、収入はそんなになく、服か化粧品とか身を飾るものにそんなにお金を使わないので。

そんなわけで、たまにシリアの情報を求めてこられる方がいらっしゃるので、書いてみました。

阪神大震災被災の記憶。

ヨシダヒロコです。

今朝の地震にびっくりして飛び起き、嫌な記憶を思い起こした方々、何か症状を出された方、交通障害の迷惑を被った方々、とりわけ、まだ続いているであろう淡路島にて被害を受けている方々にお見舞い申し上げます。実は、どれだけ報道されているか知りませんが、数日前に震度4程度が金沢でもあったそうです(入院中で、寝てた)。

題名ですが、なぜ、富山在住のあなたが?と思われる方もいそうですけど、20代の頃は特にあちこちライヴを聴きに遠征してました。今年辺りまた熱が復活しそうですが。

阪神大震災の日の1995/1/17は、ちょうどこのBAHO(馬呆)のライヴの日でした。院はもうやめていたのかどうか、記憶が定かではありませんが多分もう辞めていたのでしょう。前日に豊中に住む昔の友人のマンションに置いてもらいました。そこは某財閥系のソフトウェア会社の社宅でした。うっかりミスって新大阪から京都まで連れて行かれた(快速だった)ことも忘れられません。

翌朝、5:47分。ベッドに寝かせてもらっていたわたしは、揺れとそれに続く友達の悲鳴で目が覚めました。「大丈夫だった?」と声をかけられ、幸い部屋の中にはあまり割れるものもなく、ガラスが少し割れたくらいだったのですが。何しろ怖かったです。起こされたので仮眠を取ろうと思ったのですが、舟に乗ったように揺れるし。

実家にはその頃はまだ多かった公衆電話で連絡しました。当時、携帯はまだ普及してませんでしたが一般回線が死んでしまったので、結局これが最強でしたね。

朝のニュースは皆不安なのか、会社の皆さんと一緒に冗談が飛び交う中で見ました。「やっぱりこういうときに出てくるのは中間管理職やねー」とか言ってましたね、皆さん。

ライヴは当然中止になり、振替にも行かず結局幻になってしまいました。次の日帰ろうとすると、JR西日本の皆さんが一生懸命張ったであろう、窓がガムテだらけのサンダーバードが入ってきて、あまりに怖いので鈍行で6時間ほどかけて帰りました。トム・クランシーを読んでいたのですが、こんな時に北陸線の露出狂は相変わらずで(何度か遭遇してます)「頭打ち抜いたろうか」と思ったことを覚えています。

後日談。一時よく聞いたBen Harperが「震災の被害者のために募金をしたい」と言いだし、ライヴ会場で募金を集め、ギターケースに1杯のお金をふうふう言いながら自力で神戸市役所まで運んだ、という話です。

わたしたちは時に本当に弱いけれど、The Will To Live (生きる意志)というこの曲でこのエントリを締めくくりたいと思います。

(おまけ:一人の男性が自殺した友人に宛てたイラストとポエム