わたしのしてきた英語の勉強(のようなもの)その2・高校と大学理系学部にて

ヨシダヒロコです。

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Credit: Pixabay

前回から続く

前回のブログは、題名のせいかPVが多少上がったのだけど、どう受け取られたのでしょうね。「要するに英語がすごく好きだったのね」と思われたかもしれないですが、長いシリーズにしたのはすごく紆余曲折があったからです。

中学の時に周りから浮いたのは成績、特に英語のせいだったと思います。特に田舎の学校というところは成績が良い、悪い、家庭環境が人と違ったりすると浮くので、仲間はずれにされるのが嫌で授業中にはしゃいでサボってみたら予想通り成績(特に数学)が下がったりしました。中学校の時に嫌な思い出があったせいなのかなんなのか、望んでもいないのに優等生とされ、そう振る舞う羽目になって、コンプレックスがありました。単独行動が多くなったのは15の時です。

長くなってしまいましたが、よろしくおつきあいください。


 

高校生のわたしと英語

高校は英語を特に学ぼうと思って行った訳ではありません(英語コースがある学校は別にありました)。進学校だけあってすごい人が多く、自分が目立たないので楽になりました。当時は部活ばかりしてても物理の先生が「またラッパばっかり吹いて!」とか言ったりして容認してくれている雰囲気がありました。今の母校はまだブラス頑張ってますが、某最難関帝大に入れとすごくうるさいらしい。わたしが15、6年前くらいまで家庭教師してたときにも参ってる後輩の生徒さんいました。

さて英語ですが、こんなことがありました。

  1. 授業は聞くだけで、相変わらずNHKラジオだけ
  2. 英検3級、2級合格
  3. 留学生が来たけど話せなかった
  4. 将来の志望が決まる
  5. 洋楽に引きつづき惹かれる
  6. 洋画をひとりで見に行く

1.については3種類の授業があり、リーダー、サイドリーダー、コンポジションを確か1年生だとIR, IS, ICみたいな感じで呼んでいました。2年生で理系に上がってからも同じだったはずで、教科書が3冊ありました。予習をしなくてはついていけないはずですが、帰宅も早くはなくてたまに朝練まであるような状況ではそれは無理で、当てられると「大体こんな感じ」で訳しました。文法はオレンジ(当時。今は違う)の数研チャート式、他に問題集もあったかもしれないし、ラダーシリーズとかよりだいぶ難しかったはずのリーダー(小さめサイズで100ページ台くらい?後ろに単語などの解説がある洋書)を1冊ぽんと渡され、何十ページと実力テストに出ました。ラジオを聞いていたせいで成績が大幅にひどいことはなかったですけど、もっとやっとけばよかったです。

2.はあまり準備をした覚えはありません。

3.Jさんという女子高生がアメリカから1年くらい留学に来ました。お話ししたかったのですが、前回書いたようにその頃とても内気だったので。今では道聞かれることも不通普通にあるし、聞かれてなくても「お困りですか?」とやることあるのになんなんでしょうね。Jさんは富山を懐かしがって帰ってきたりしたようです。高校生の頃、仲良くしている同級生がうらやましかったです。

4.1年の時点で理系に行くと決めていました。朝永先生、湯川先生など文章が上手な研究者の本に影響を受けました。それでもあまりに理数系が上がらなくて(ブラスばかりしているから当たり前です)文転してみたことがあったくらいです。機会を見つけてはしつこく言っているのですが、文理というものがあるとすれば(知る範囲で外国の大学には区分けがないと聞いています)わたしの成績は当初文系で、国語と英語が得点源でした。そういう理系出身の翻訳者さんもたまにインタビュー読んでるといます。3年夏休みのコンサートの後、母校の高校としては初出場のコンクールで忙殺され、なんと北陸大会に出場が決まったところで優秀な後輩にバトンタッチしました。勉強しないと、うちは国立しか受けられないし。家にいるとサボるので、毎日学校に行って同級生と勉強しました。しぶとくやっていくうちに、理数系の成績が上がってきました。

そんなわけで、落ちこぼれだったため理系だすごいと言われるのはなんだか苦手です。

(前職の家庭教師・塾教師のとき思ったのですが、理数系の科目でつまづくところは昔のわたしと同じくみんな同じで、そこを丁寧につぶしていけばいい。英語もそういうところあるんじゃないでしょうか。この仕事に就いてから英語で苦労していることはまた書きます)

理学部の志望を一巡し、物理の成績が足りなくて天文系と物理系を諦めました。物理は決して嫌いではなく、物理のほうが最近になるまで振り向いてくれませんでした。意地張って共通一次(最後の年でした)で取りましたが、40過ぎてまた勉強し出すとは自分でも意外でした。生物は履修させてもらえなかったけど専攻を希望したことがあります。結局、担任が天文好きの化学の先生で、「2番目に好きなことを仕事にする」との言葉に影響されました。大人になってからお聞きすると、天文は昼夜逆転で観測して体を壊した人を沢山知っているとおっしゃっていました。今ではリモートでも観測できるようです。好きなことを仕事にすると好きでなくなってしまう恐れがありますよね。

化学は薬学部、工学部、農学部、理学部と広い範囲で学べるので、農学部と工学部を第1、2志望にし、遠方の農学部は合格後辞退しました。

化学を志したきっかけはここにあります(リンク)。みんなこんな綺麗な反応ではなく、臭かったり汚かったりするものもあるのですが……。そして、後者の方が忘れられなかったりします。

5.はFMラジオで昔で言う「エアチェック」をしていました。ビートルズ、サイモン&ガーファンクルなどでした。1曲特に好きだったのを貼っておきます。他に”We are all alone”など、ブラスバンドで演奏した洋楽もありました。

 

6.映画は中学生の時から同級生とたまに見に行っていましたが、高校は街の中心に行くには便利な立地でした。今は休止中で、そのことを何回か書いた「フォルツァ」という映画館があり、その前身の映画館で確か試写会に当たってひとりで見たのがいきなり『プラトーン』でした。確か高2の頃で、すごいショックを受けたのを覚えています。外国語に触れる機会がひとつ増えました。ちなみにオリバー・ストーン監督はもうすぐ富山に来ます。

 


 

理系大学生のわたしと英語

  1. 英語の授業に失望し、中国語とドイツ語を取る。古代ギリシャ語も少し
  2. 英検準1級合格
  3. TOEICも受けた(初回700点台くらい?)
  4. イギリスの語学学校3週間、なんとバングラデシュ航空で
  5. スペイン語との出会い、レストランでのバイト
  6. 本物の通訳さんに出会う
  7. 学部生でいる英語
  8. 大学院は東京に出る!
  9. 大学4年でアカハラを受けロックに助けられる、将来の予定狂いまくる

 

1.はですね、高校の英語のレベルが高かったせいで、教養課程(当時はそういう期間があり、うちの大学では1年半様々な教科を学ぶ)に入ったら退屈すぎたんです。無謀ですが英語には出なくなりました。「ヨシダさんはどうした」と同級生が言ってたとか。ちゃんと授業に出ていた訳ではないけど、中国語で中国の映画を見せてもらったり、ピンインの発音が楽しかったり、ドイツ語のリーダーは傷病兵が主人公で気が滅入るストーリーでしたが、考えてみれば「格変化」を初めて見たのはあの授業でした。大学にはラテン語・(古代)ギリシャ語で1セットの授業があって先生が「仏」と言われていました。1学期だけギリシャ語履修してみました。先生が「ギリシャ語を学んでいいことは、ギリシャに行ってそこら中あの文字でも戸惑わないで済むこと」みたいに言っていて面白かったです。今でもあやふやな理解の量子力学ですが、あれにもギリシャ語の習字はいいと思います。ノート取るときとか。

言語学のゼミというのも興味あって取っていました。昭和天皇が亡くなる前にご病気報道が毎日のようにあって、病状を説明する新聞の敬語が崩壊しているのを用例拾って授業で報告していました。今思うと、何であんなプライベートなこと報道してたんでしょうね。

2.は大学1年の時で、やはり記憶にはありません。今の英検とは大分違うと思うし。国連英検B級も同じくらいの時期に受けたんですけど、面接で「ビートルズ好きです」と言ったら「どのアルバム?」と聞かれ、「買えなくてラジオで聞いている」というのが出てこなくて終了となりました。

3.このころTOEIC今のように有名じゃなかったんですよね。勉強仲間もいなかったから、NHKテキストにでも情報があって知ったのでは。1回受けたらたしか700点台でした。20代のうちに何回か受けていて、多分2、3回で800点台に上がりました。問題集は最初のうちは存在した覚えがないです。富山からは21世紀に入っても金沢まで行く必要あったかもしれません。地方の方はご存知かと思いますが、例えば英検だと1級の2次は大都市でしか受けられません。

4.これについては以前書いたことがあります(2005年、リンク)。専門課程に上がる前に行っておきたく、本ちゃんの留学をその後してみたかったのです。行き帰りは1人だったので、行きにトランジットのバンコクで、まっとうなホテルの前にいたタクシーの運ちゃんにホテルに連れ込まれそうになり交渉して我慢してもらい、男の人怖いとなってしまいました。帰りはヒースローで、「キミは荷物少ないからこの荷物キミのにしてくれない」と複数人から言われ、後で知ったのですがヤクの運び屋にされそうになっていたり。ちゃんと断りましたが。

わたしのは短すぎて留学のうちに入らないと思います。ペーパーの結果よくしゃべるヨーロッパ人たちの少人数クラス(スイス人2人、ドイツ人1人、フランス人2人、日本人わたし入れて2人)に入れられ、リスニングとスピーキングで特に苦労しました。学校の先生は綺麗に発音しても、街の中で「もっとゆっくり喋ってください」が上がってしまい言えないので、相手はそのままのスピードで繰り返し、「だめだお手上げ」ポーズをするのです。学校はフィリピン辺りの学校が増えたせいなのかどうやら潰れてしまったようです。残念。担当の先生は3人ほどいて、そのうち担任の先生が”Hiroko is motivated” “It’s interesting to see your spell mistakes” みたいに講評を書いてくれたのが心に残っています。

「言いたいことはブロークンでいいから主張してみる」とか「愛想も大事(そういうタイプの子が友達多かったりした)」とか「度胸も大事」、いろいろ思ったことがありました。工学部生のわたしに興味を持ってくれた隣の席のフランス人の男の子と工学の話できればよかったんですけど、「まだ専門的には学んでいない」というのが出てきませんでした。もうちょっと学校にいられたら何かブレークスルーがあったかもしれません。

5.4.の学校で、南の人たちなのかとても明るいイタリア人たち多数と、数は劣るけど口数少なめでミステリアスなスペイン人多少が目立っていて、雰囲気がステキだなあと思ったスペイン人女性がいました。多分年は同年代で、すれ違ったりすると”Hi”と言ってくれるんだけど、きれいな人だったせいか話しかけられずジレンマでした。帰国してNHKのラジオスペイン語をしばらく聞きました。当時はスペイン国営ラジオのアナウンサー経験ある方が発音していたので、当時も今も思うんですがラテン語系の言葉は歌っているようです。イタリア人の作ったイタメシも食べました(後にイタリアにも興味を持つ)。

その後、今の金沢21世紀美術館の近くにあるスペイン料理レストランでバイトを始め、卒論が忙しくなる頃辞めましたが、FBで見つけてもらいまだ交流があります。昔良く運んでいたパエリア食べに行きたいです。

6.バイト先の近所に外国人向けのフリーペーパー作っている通訳さんがいて、のちに学校もやっていたようです(体験レッスンに出たことがある)。フリーペーパーのために「外国人がナスの天ぷら食べて『カブトムシみたい』 とか感想を言う」みたいな異文化体験の文章を頼まれて訳しました。平易なものでしたが誉められて、それがわたしと翻訳との初めての接触です。英語圏などの人がその方の家に出入りしていました。今だと外国人観光客が北陸にすごく増えましたね。

7.理系は英語が要らないかと言ったらそうでもなく、卒業研究に必要な論文は先生から渡してもらったりしますけど、すべて英語でした(複数)。原文講読(輪講と言っていたと思います)もあって、順番に論文だったか本だったかを読むのです。ただ、学部はまだ甘かったです。院に行って英語のレベルもすごく上がりました。

8.大学を地元近くにしたときから、希望の(企業)研究者になるんだったら院卒でなくては→できたら上京(なんとなく)みたいに考えていて、成績がよければ夢ではないと分かってからは親に根回しし、きつい学科だったのでアパートでも勉強していました。

9.アカハラは別のエントリで散々書いたので手短にします。大学4年で心を病んでしまいました。やっと這いずるように卒業研究に戻って実験をし、真っ赤に添削されて、自分の書いた文章の原形をなくした卒論が先生から戻り、何回か行き来して、卒業式の3日前にようやく提出できました。そのずっと前に、準学生みたいな研究生として東京の大学で置いてもらえることが決まっていたのです。卒業してから犀川で桜を眺め、翌月上京しました。

何とか朝から大学に行くに当たって、ヴァン・ヘイレン、当時大流行りだったニルヴァーナ、X JAPANなどうるさいロックとドリンク剤が気付け薬になってくれました。そういやベース(ギター)も3年生の時?買ったのでした。ブラスバンドはとっくに燃え尽きていました。ああいうしごきみたいのはよくないですね。英語などの勉強でも同じことです。

 


 

ちょうどその頃バブルが崩壊した境目でした。1年かそこらで状況が様変わりした、境目にいた人たちのことはあまり知られていません。院に進んだ人は、一部の優秀な人を除き貧乏くじを引いたようなものです。心を病んだこと、バブルが崩壊したこと、いろいろあって人生設計は大きく崩れました(割と最近ではリーマンショックで仕事激減したという翻訳者さんのお話を何人かから聞いています)。それでも何とか勉強は続けたよというのが次回の話です。

~次回に続く~

 

 

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わたしのしてきた英語の勉強(のようなもの)その1・小中学校で

ヨシダヒロコです。

Büro Tisch mit Kaffee, Pflanze, Brille und Handy

Credit: Adobe Stock

現在翻訳者の仕事をお休み中で、その辺について思うことはまた書きます。まあ自分に自信を多少失っていることは確かです。このエントリは3部作で、読者の方は必ずしも翻訳者の仕事や経歴についてよくご存知ではないかもと思うようになっていたところに、歴の長いツイ友に「翻訳者がどういう勉強してきたか読みたい」と言われたのが後押しして、書こうかなと。

長年書いてるブログですけど、訳あって最初はタイトルに単なるフリーランサーと名乗ってました。タイトルをトランスレーターと変えてからしばらくして、自己紹介はAbout、経歴や仕事がらみはWorksにあるのですけど、RSSついてないしそれほど読まれてません。今度から更新したらブログに一言入れます。今回シリーズのはWorksの経歴のうち語学学習(主に英語)を詳しく書いたものになります。


小学生のわたしと外国語

小学校の時のわたしは近所の草原でよく遊んで、虫捕ったり花摘んだりして、夏休みの宿題の計画性はありませんでした。親に絵を描かせた覚えもあります。自由研究や作文(読書感想文、人権の作文、詩)で誉めてもらったり評価してもらったりしました。でも計画性がないので8/31とかにジタバタしたり、共同研究者(笑)のお母さんにもご迷惑かけたかもしれません。自由研究のテーマは「オジギソウはなぜさわると葉をたたむ」とか、ひと夏アリやカナヘビを観察したり飼ったり、生物系でした。

英語や外国に関連して小学校時代は、

  1. 楽器を始めて洋楽のメロディーなどを演奏
  2. 『赤毛のアン』『ニルスのふしぎな旅』『太陽の子エステバン』などに影響される
  3. 『赤毛のアン』は村岡花子訳で全10冊読んだ
  4. 『ニルス』にはまりスウェーデンの人と話がしたいと思う、英語勉強したい

1.については共同研究者?の真似してフルートを始めたのが小5終わり頃でした。うちはどこにでもある普通の自営で、裕福ではありません。やりたかったピアノは買える余裕なかったのです。フルートは安いものなら10万しませんので粘りました(銀とか金とかあるので上は天井なし)。音楽に触れ自分で演奏し、最初のうちはビートルズの分かりやすい曲もあったのです。原曲を聞いたのは多分高校生だと思うけど、小学生の時の演奏した『オ・ブ・ラ・ディ、オ・ブ・ラ・ダ』をヤマハのグレード試験で誉めてもらったのは、子供だったので嬉しかったです。以降、「洋楽」にずっと関わる中で相手国の文化に触れていくことになります。

これはポール・マッカートニー公式からで、2010年の演奏です。ビートルズのメンバーは全員歌えるんですが、この曲はポールがリードヴォーカルで、ジョンとジョージがバックヴォーカル、他にいろいろ複雑なことやったらしいと今調べました。ポールひとりで歌っても微笑ましい曲です。

最近はJ-POPが優勢のようだけど、One OK Rockとか海外に影響受けたバンドも日本にありますね。

こんなツイートも去年ありました。

2、4.について、わたしが子供の頃は親が安心して見せられる児童文学のアニメが週末とかに入っていました。他には『フランダースの犬』(地元の人は「わたしらはそんな冷たくない」と言ってるらしい)、『母をたずねて三千里』、『小公女セーラ』とかいろいろでした。話はつくりものかもしれないけど、登場人物の名、地名、習慣とか見てると何となく覚えるかも。今の世界中のアニメファンが、日本のアニメで日本好きになったようなものです。高畑さんや宮崎さんが作ったアンも大好きでしたが、なぜかわたしは、悪ガキのニルスが魔法で小さくされ、ガチョウの背中に乗ってガンの群れとともにラップランドを目指すというラーゲルレーヴの『ニルスのふしぎな旅』でスウェーデンに興味を持ちました。

当時も英語教室はありましたがうちには敷居が高く、今考えれば基礎英語のフライングすればよかったんではと思いますが行けませんでした。海外文通は中学生の時実現しました。小学生のわたしは、中学に入ったら絶対英語勉強してやる!と思ってました。

ちなみに『エステバン』ですが、これは南米のアステカ・マヤ文明などにまつわる話で、分かる人が見ると設定はいい加減だそうです。知人に影響受けた人複数知ってて、わたしが後にスペイン語やりたいと思った無意識のうちの理由になっているかもしれません。どうしても南米(といっても広いけど)に憧れがあります。刷り込みとしか思えません。

 


中学生のわたしと外国語

中学生の時に起きたこと

  1. 基礎英語を毎日聞いたためか、英語は他に何もしなくてよかったに近い
  2. 念願の海外文通をひとつ下のスウェーデン人の女の子と開始
  3. 英検5級、4級取得
  4. MTVという今はYouTubeにあるようなMVが夜遅くのTVで沢山流れるようになり(多分日本初)、洋楽が流行る。すごい影響される。

1.については、基礎英語は今もそうだけど6時台に始まるんですよね。お布団の中で眠い眠いと思いながら聞いていた覚えがあります。今のようにPCソフトで録音できたりCDもないです。LPレコード初めて買ったのが中2ですから。いや年がばれますね。今のように週3でなく週6だったので、なるたけ聞き落とさないように頑張っていた覚えがあります。後に家庭教師になったとき全員に勧めたんですが、なかなか難しいですね。

(NHKラジオは、今年になって30代くらいからかなりのブランクを経て再開しました。TVやラジオで他国語含め勉強している翻訳者はたまに聞きます)

基礎英語で忘れられないのは、土曜に入るキャロライン洋子さんの童謡。マザーグースなどで、何と探したらYouTubeにありました。消されるかもだけど、好きな曲を2つくらい貼っておきます。マザーグースはナンセンスなところが良くて、洋楽やいろんなところに出てきます。翻訳やるなら知っておいた方がよいです。最近だともう知っている人あまりいないかもですが、マンガ『スケバン刑事』の故・和田慎二先生も引用してました。作品名忘れてたけど『左の眼の悪霊』らしいです。

ダウンロードしたっきりですが青空文庫版でこんなのがあります。

“Three Little Kittens”は初めて聞いた当時口が回らなくて歌えなかったと思います。歌詞の解釈も教えてもらい、土曜は楽しみでした。そんなこんなで学校の授業も楽しかったというか、NHKの方が先に進んでいたようなので。

 

小学生の時に、上に出てきてた幼なじみのうちでマザーグースの絵本を見たらショックだったのが『6ペンスのうたをうたおう』でした。オーブンから出てきたパイから鳥が飛んで行ってて、「丸ごと焼いたの?」「死んでるのに飛んだの?」と怖かったです。イギリス人知人にさっき聞いてみたら多分こういうことだと言ってました(2つめの動画)。中世の習慣でそういうものがあり、シェフがパイの皮の中に生きた鳥を入れて飛ばし、別に作ったパイでお客をもてなすらしいのです。

 

 

2.については、今だとメル友とかSNSの友達でしょうけど、最初作るなら英語が第二言語の国の人が良いと本で読んで、紹介団体に紹介してもらいました。先方もお互いいい年になりましたが、今でも年に2回カードが行き交い、娘さんも入れてFB友達でもあります。残念ながらまだ会ったことはありません。お互いの言葉が「こんにちは」程度なら分かるようになってきました。

3.については何となくで記憶にはないです。

4.については、中3の時に初めて買った洋楽アルバムにこの曲が入っていたのですが、テンポもそこそこゆっくりしてて、歌詞カードを見てうーんとなっていました。特に分からない単語が”circumstance”でした。今聞くと”whether”も既に出てきています。これ聞いて15年後にはもうジャパンツアーがなくなっていて、ロンドン旅行の時に生で聴きました。

マドンナとかヴァン・ヘイレンとかプリンスとか、いろんなミュージシャンを中学生終わりの時期に一気に知ることになりました。歌を聞いたり歌ったりするとリズムについては多少覚えられるのではないかなと思います。リスニングについてはその3の成人以降になると思いますが、FM音楽ラジオを聞き倒し、少し変わった学習のしかたをしています。

 

 

英語というより音楽の話ばっかりだったかもしれません。本当にそうで、高校3年までブラス漬け、一応クラシックのフルートのレッスンもやってました。音大がお金がかかるものだと知らなかったら、大胆にもそう考えたかもしれません。でも『のだめ』とか読むと切ないですね。

小・中は近くの公立、高も公立です。そもそも富山にはお受験がほぼ存在しないのですが、高校は「自由な校風」という先輩の言葉に惹かれて英語に力を入れた進学校に行きました。中学校の時は特に年齢的なものもあり不安定で、まずいことにわたしは小学校半ばから大学の半分過ぎるまで自己主張が下手でした。中学の時に孤立してしんどいところを助けてくれたのは部活や趣味だったし、自己主張ができるようになった理由は、恐らくいろんな目にあっているうちに(仕事含む)「ここでなんか言わないと」みたいなことが多くてそうなったのかも、と。はっきりものを言うことが多い外国語を学んでいたことも理由としてあると思います。

~次に続く~

帽子屋さんこと高橋聡先生のフェローオンライン辞書セミナー(第3弾)受講記(2018/04/14~05/07)。

ヨシダヒロコです。

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Credit:Pixabay

この講座、正式には「スペシャルプログラム【動画配信】 翻訳者のための辞書セミナー 実践(オンライン講座)」と言います。あらかじめ録画されたものを配信するのですが、受講料を払った人だけ3週間ほど好きなだけ繰り返して見られます。アメリア会員でなくても受けられますが会員だと5000円台です。毎回この手のセミナー受けるのに富山から大体泊まりで東京やら大阪やらに行っていたことを考えると、うちでリラックスして見られるしとても助かりました。東京近郊でも外出できない事情がある方にも便利かと思います。

ちなみにこのセミナーは第3弾で、入門編(魚拓=アーカイブのリンク)、英英編(魚拓)がその前にあります。わたしの場合直接セミナーを聞いた経験もありますし、いきなり第3弾に行きました。聞いてみて、前のも聞いてみたいと思いました。今回のセミナーの魚拓はこちらです(魚拓)。

事前課題がありまして、時間はかかりませんが解いておくと全然理解度が違います。

ただ、どのセミナーにも言えますが「行けば自動的に良いことが教えてもらえる」と思っている人には多分あまり収獲がないかも。わたしがどこどこでこんな話を聞いた、とここに色々書いているのは、もちろん現地で頑張ってメモも取ってますけど、帰って頭を整理して情報を必要とする人にも知らせるためです。その過程自体が勉強にもなります。なので「こんなこと知ってる」と自慢しているわけではないです。

辞書セミナーでは分からなかったことを1回限りメールで質問できますので、最大限に使うのがいいと思います。わたしは塾などで少人数を教えたことが長期間ありますが、質問されると嬉しいものです。馬鹿な質問とかあまり考えない方が良いです。

では感想を箇条書きに。期限ギリギリに思い出し、2回目以降は早送りにして気になったところをよく見ました。中身が一杯だったので。

  • この辞書を引くとこういう風に出てくるといろいろ例を出してもらえるので、欲しい辞書が沢山できてしまった
  • 紙の辞書のすすめ
  • 大辞典クラスでまだ揃えられてないものがあり、頑張って買おうと
  • 電子辞書、辞書ブラウザでの成句の引き方(これは助かりました)
  • 問題演習が沢山。再生をポーズにして考えられる
  • スマホアプリの話も
  • EBWin4はあるが使っていないので触ってみようかなと
  • 沢山あるスライドは全部送られてきて資料になる
  • 90分中30分が事前課題の説明+問題演習
  • よく訳をどれくらい砕くか悩むが、訳出の過程を見せてもらったのがとても参考になった
  • 日本語シソーラスの使い方
  • アメリア定例トライアルに絡めて、「何となく訳さないように」と(耳が痛い……)

高橋先生によると、同じものがまた配信されるかもとブログで。ブログは3つあって、その1つのブログをリンクしてなかったので近く右のバーにもリンクしておきます。side A に辞書の情報が出てきます。Tradosのが1つです(リンク済み)。対面セミナーにせよ、ブログでどんな感じの話になりそうか見るのもいいのでは。新しい情報もありますし。

禿頭帽子屋の独語妄言 side A

2018.04.07

 # フェロー・アカデミー、オンライン辞書講座・第3弾

http://baldhatter.txt-nifty.com/misc/2018/04/3-aeb2.html

Tradosの方は

禿頭帽子屋の独語妄言 side TRADOS

一応説明すると、辞書ブラウザはCD-ROMやDVD-ROM形式の辞書を沢山使う人が一括で引けるものです。わたしはかなり長いこと(フリーになる前から20年間くらい)使ってきて、最近便利なEPWING形式の辞書がほぼなくなったり使える辞書ブラウザが開発中止などでなくなってきたり、環境が変わって迷いまくりでした。今後自分で作業するに当たって、よい指針を与えてもらったと思います。それも、上京もいいものですが部屋にいながらにして。

講師である帽子屋さんはいつも帽子をかぶっているからそういうあだ名が付いているのですが、画面で最初分からなかったんです。よーく見ると、目立たない黒の帽子かぶっていました。帽子屋さんはやはり帽子屋さんでした。

天気が変ですね。

ヨシダヒロコです。

2018-06-11 16_Fotor

北陸も梅雨入りしました。そもそ北陸では曇りがデフォルト、何かあれば傘もって出かけて当たり前(「弁当忘れても傘忘れるな」という言葉がある)なのです。TVの北陸観光番組でいくら天気が良さそうに見えても、晴れた天気の良い北陸を見られるとは期待しないでください。いろんなことが「お天気次第」です。なんでああいう番組でいつも天気が良いのか、地元民として謎です。

梅雨と言えば、もともと天気が良くなく湿度も高いので、はっきりと梅雨らしい期間があったか疑問です。とにかく、ここ数日は雨です。

さて今年は(多分全国的に)いつになく気温が上がったり下がったり、春がいつ来たか分からなかったり、服や寝具をどうしてよいのか分からなかったりする状態が続きました。寝具を綿カバーにしたのは最近です。Tシャツ着ると寒いことがあるし、上になんか着ると暑いし。そういう天気だから春から風邪も比較的引き、1回は今週末でした。

ここを読んでおられる方は必ずしも翻訳者さんではないのではと最近思うようになり、翻訳会社に登録してもらう登用試験の「トライアル」はまた説明します。同業者はみんないつも受けていると思います。フリーなので。わたしも色々大変なので最近複数の試験を抱えているのに、なんと大事なときに風邪、それも結構だるさがくる感じでした。いつもの補中益気湯や『マッサン』のホットトディーでもだるくて、しばらく寝たり、富山の売薬やら浅田飴なめたりいろいろやって、日曜夜には何とか机に向かいました。売薬のおかげだったら売薬さんありがとう。

幸い月曜朝一の納期ではなかったので、英日トライアルをひと通り訳したところで「すみません……」と納期延長のメールを入れました。良くないけど出せないよりマシだと思いまして。すぐに朝OKの返事が来ていて、日英の課題をこれからよくよく読むところです。

生活時間帯が後ろに後ろに行っている感じで、いけないなとは思っています。何かの試験がある時は訳したり問題解いたりして、ちょっと勉強したら空がしらじらというのは何とかしたいと思っております。

 

うんのさんの辞書(ビジネス技術実用英語大辞典 英和編&和英編 CD-ROM)はV6+V5の注文で旧版入手可能(ポトスより情報)。

ヨシダヒロコです。

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うんのさんの辞書は英和・和英とも「いの一番」に引いて読んでいるのに、何ということでしょう、最近まで持っているのが4版だと気がついてませんでした。先月末までに買えばよかったんですが余裕がなく。今では少なくなってしまった辞書引きソフトを選ばないEPWING規格で、今同じ規格なのはライフサイエンス辞書くらいでしょうか。

現在、たとえばAmazonではこんなことになっています。そのうち新品でこういう暴挙はできなくなるらしいですが。ヤフオクは16000円とか18000円とかでした。

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V6はどっちにしても買う予定なので、販売元のプロジェクトポトスさんに連絡しました。お返事をまとめると、

  • V6と一緒になら、V5はダウンロード販売できます
  • V5所有によるV6の割引もできます
  • V5が9990円、V6が2160円になります
  • V5に間違いを発見しているのでできるだけV6を使って頂きたいが、中古品の高値の取引も食い止めたいです
  • オンラインカタログに買えると書くかは考慮中、要望のあったときだけにするかも

割引まで適用されるとは思っていなかったので、大変ありがたいお話です。

実は1ヶ月前にフェローのオンライン講座で高橋聡先生(帽子屋さん)の辞書講義を受け、まだ記事にできてません。旧版は参照すると記述に変遷があることもあるので、捨てないで下さいねという話があったのです。講義についてはまた書きますが、「再開講されたときに最初から受けた方がぜったい良い」に尽きるので、詳しくは書きません。

翻訳料など入金があったら、ぜひ購入したいと思います。ありがとうございました。V5買い損ねた人にも共有したく、広めて良いかポトスさんに許可を取ってブログ記事にしました。

大学院科目『異言語との出会い―言語を通じて自他を知る―』通信指導完成(平成30年度前期)。

ヨシダヒロコです。

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気がついたら読んで面白かった本のレビューも忘れたまま、新しく本のレビューサイトに手を出したりしてます。最近バタバタしていたのは、出すべき通信指導(放送大の中間テストのようなもの)のため授業を聴いたり見たり本を読んだりしていたからで、題名の授業についてはさっき記述式答案を書き終えました。封筒をわざわざ見せているのは、翻訳講座の通信課題でおなじみの「15円」だからです。ただ今回間に合いそうにないので、普通の料金で出します。もっと間に合わなければ配達記録つけて速達とかあります(やったことあります)。

この授業、言葉に興味のある人にとってはとても面白いです。英語での科目名は『未知との遭遇』から”Close Encounters with Another Language”。ただ教材がないと文字情報なしではきついです。英語が分かった方が楽だと思うけど先生は必ずしも求めてないらしいです。前から興味がありやっと受講できました。

講師の先生方には学部で日本語系の授業を持っている方がいらっしゃって、後半に登場します。前半は15回中8回までラジオ授業を聴いて、7回8回が翻訳(翻訳の歴史や文芸翻訳)の話。1~3回も文芸翻訳をされる先生の授業。4~6回はバイリンガルや第2言語習得周辺の話で、どれも刺激的でした。英語だけ出てくるわけではないのがいかにも「異言語」でした。

残り7回も楽しみながら気を抜かず受けます。写真のようなこの形式でわたしが提出するのは指導課題が記述式の時のみで、そうでなければネット上から4択式ですぐ出せます。実はもうひとつの量子力学の方に苦労していて、再試験がある力学や電磁気学・相対性理論なども復習しながら今度は何とか出そうともがいています。ネット提出であと解くのは半分強。印刷教材(教科書)は冬の試験からずっと復習しなければと思っていたのですが、後ろに倒し倒しして今ジタバタしているわけです。

それでも今回は早く準備ができた方です。東京の翻訳フォーラム他の用事は体調不良などでキャンセル、チケットは譲りました。譲った方がすごく喜んでくれました。東京に行かなかった分だけ勉強する時間が少しはできたのかもしれません。

7月は試験ですし6月には1~2科目の面接授業を考えています。どちらも言語に関するものです。

頷くばかりだった『翻訳とは何か――職業としての翻訳』。

ヨシダヒロコです。

 

2018-05-13 00_Fotor

この本は2ヶ月ほど前に読み終わっていました。買ったのは2年は前で積ん読でした。山岡先生のこの本は有名で翻訳者は読んでいて当たり前なのですけど、このところ翻訳関係の本や雑誌を多少読み、実務系(先生は出版も訳されましたが)ではこれが一番心に残りました。訳し方指南の本はまた別に評価しています。今回、この本をレビューするのに緊張し、逡巡し、取りかかるまでに時間もだいぶかかっています。

この本は翻訳のハウツーというよりは翻訳の歴史、翻訳論にページを割き、翻訳市場の現状(当時)、翻訳者という仕事についての考えも書いてあります。「こういう心構えで翻訳をするように」というお叱りを受けているような厳しい印象も受けます。「お叱り」は悪いニュアンスではなく、わたしは意味なく声を荒げる人は大嫌いですけど、山岡先生が嘆きたくなる風潮がわたしには何となく分かります。この本が出たのは2001年ですが、既に「簡単に翻訳者になれる」というような宣伝文句が出ていたはずです。

もちろん、教える側の先生方もこの本は読んでいるはずですし、わたしにもキャリアアップのため翻訳学校で是非教わりたい方は複数おられます。単に先生を選べばいいのだと思いますが、それをほとんどの初心者がしないことが残念だとおっしゃりたいのでしょう。別のところ(下のリンク)でそういう発言があります。

冒頭からの翻訳論のパートはついどんどん読んでしまいました。玄奘法師(三遊記の)をはじめ、命がけで翻訳に当たった先人たちが登場します。P74にあるような数学書の翻訳については放送大の『数学の歴史』にあったと思います。今放送大院で去年開講した『異言語との出会い』を学習し始めたばかりです。特に英語との音韻の違いから始まって、異言語との文法の違いや異言語との接点、翻訳(2章分)にも言及する科目で、もっと進んだら独立にエントリを上げます。山岡先生の本にもそのような香りがするパートがあります。

わたしは翻訳分野の背景知識をつけることを重視してきましたが、それだけでは良くないと思い、せっかく多言語やっているんだから言葉そのものについてもっと知りたいと思い始めていました。山岡先生の本を読んだのはそういう意味でちょうどタイミングが良かったのです。昔の翻訳フォーラムにいらっしゃったと最近知りました(会議室がわたしと違ったのでしょう)。故人なので、その当時お話しできなかったことが残念です。先生の作られた辞書は使っていて、EPWING形式で見出しが存在するらしいと知ったばかりです。是非入手したいです。

インタビューがありまして、こちらをどうぞ。これ一度読んでから本を読んでみたかったんです。この時期(2000年)から状況が変わってないというか悪くなってる気がします。

山岡洋一が怒る   翻訳は簡単な仕事じゃないんだ

下のURLには、もう1本山岡先生のインタビューと、『翻訳の世界』元編集長のインタビューと、昔からの知り合いを含む翻訳者さんたちの紹介があります。

http://kato.gr.jp/

インタビュー中にある『翻訳通信』はこちら。

http://www.honyaku-tsushin.net/

辞書はこちらです。金融用語やビジネス系に強いです。

経済金融・証券会計訳語辞典
https://www.dictjuggler.net/ecostock/?error=1

数は多くなくていいから、大事に読み返せるこの手の本を増やしたいと思っています。

Zazzleで名刺を作る(満足できなかったらやり直し可能)。

ヨシダヒロコです。

zazzle.png

地元でお友達に会うのは読書会くらいです。その他に会ってお話ししたい人がいるとき、参加したいグループがあるとき、仕事関係などで他都道府県に行ったときのために名刺をリニューアルしました。

一時期読んだあるメルマガがリニューアルのきっかけだったんですが、読んだことを自分流に取り入れました。その講座のコーチングがわたしの医者が心配しそうな思想みたいなものに影響を受けていたようです(よくは知らない)。ただ、名刺の中身を変えてみるかと思うきっかけにはなったと思います。

Zazzleはアメリカのサイトですが、まあ読める程度にローカライズされており、日本語で全部注文できます。前に使ったビスタプリントよりテンプレートが個性的で美しいと思います。アメリカサイズの少し大きめの名刺も、ミニサイズもあります。

写真を写真館で頼んで、先月の40%オフの時期に無理言って合わせてもらいました。写真写りについてこないだNHKで見てましたけど、自撮りも含めいろいろテクがありますね。伸びる一方だった髪も切りました。名刺はときどき急にオフになるので、その時が狙い目です。今回は同業者ではない方に渡すバージョンも作りました。

難を言えば、外資系は日本語フォント数が少ないことでしょうか。名前はフォントが大きいので、変じゃないか悩みました。

わたしは元々「こんな仕事しました」など、裏面をかなりかっちり書いていました。写真も自撮りで以前から入れて、SNSのアカウントも入れて。この辺は翻訳会社コーディネーターのテリーさん(@terrysaito) の影響を受けています。ただ、読む人のことを考えると、「わたしはこういう人だよ」というのを端的に名刺で自己紹介してもし話が弾んだら、ブログの職歴(Works)を見てもらうのにQRコード貼ればいいのでは、と。なので長々職歴書くのはやめにしました。肩書きの分野のところは、今回少しだけ背伸びです。

写真屋さんを当日内にお願いしますと急がせてしまったせいか、修正が「あれ?」というものがメールで来てびっくり。自力で慣れないPhotoshopで直していたら、タッチの差でオフ期間を逃してしまいました。仕方なく40%まで行かない割引率で片方だけ注文し、急いだ分がっかり……と思っていました。ところが、慌てていたせいか届いた名刺の字がはみ出していて、返品を申し出たら追加料金なしでもう一度作ってもらえることに。40%オフで急いでいましたと何気にメールに書いたらまたクーポンを出してくれたので、注文できなかったプライベート用もすべて送料のみの負担で注文できました。大変ありがたかったです。

合わせて200枚がいつ捌けるか分かりませんけど、飛騨市ファンクラブの名刺(もらった人が訪れるといいことが!)と合わせて配れるよう外に出たいと思います。わたしにどこかで会う予定のある方は、同業者だったら最低2枚は出ますが、言ってもらえれば3枚目出します。

ビスタプリントにももちろん好きなデザインがあるので、また頼むかもしれません。ということで、Zazzleでの初回注文レポートでした。

アメリアのキャリアカウンセリング&連休にトライアル。

ヨシダヒロコです。

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故ミケ。

デイヴィッド・リー・ロス復帰後のVan Halenを聴きながら、少し書いておくかと思いました。

新しい会社から別件でお声がかかるかもと思われたのが流れ、その会社で入札中(日英・機械)の行方も分かりません。そのため、連休がいい加減手持ち無沙汰になってきました。

先日、アメリア事務局に電話をかけました。2013年に再度会員に戻っており、それまでは出たり入ったりです。問い合わせのついでにキャリアカウンセリングについて尋ねると、翌日の電話相談をすぐ設定してくれました。結果的に自分の場合は役には立たなかったのですけど、一応記しておきます。違うケースでは違う答えが返ってくるかもなので。

わたしの問題:

  • 去年、受注が非常に落ちてまだ回復してない(書くの恥ずかしいですが……)
  • 通信講座などでキャリアアップしたくてもお金が出せない
  • PCも買い換えなくては
  • 相性の合う会社が限られ、入ってみないと分からない。最悪体調に影響する会社も過去複数あった

アメリアの答え:個別の相談には対応していますが、この場合新規開拓しかないと思います。

いやそれならさすがにわたしも分かるのですけど……。アメリアの募集検索してもすでに内実に見当が付く会社だったりするものがちらほらで。ただ、そこではたと気づきました。

コーディネーターさんをアメリアで募集している会社が実は翻訳者も募集していることがないだろうかと。それで、これはと思う化学系の会社を見かけてHPを見るとビンゴ、募集中でした。今問い合わせ中です。ご無沙汰の会社にも連絡しました。

先月は発注なかったけど比較的仕事くれている会社にも連絡し、新しい分野含め挑戦してみることにしました。そこは日英が強いので、日英トライアル通らないとわたしの出番は少ないのです。英日は日英の、日英は英日の勉強になるという言葉は複数の方から聞いていて、確かに日英を勉強すると英語そのものに敏感になりますね。

イカロスから出ている『産業翻訳パーフェクトガイド』という手もあります。3年ほど前にかなりそれで開拓したんですけど実際はデータベース登録しますね、で音沙汰なしみたいな会社もありました。HPはよく読んで質問したり自衛したりが必要でしょう。

 

通信講座は非臨床英日、日英、医療機器の順番でサンフレアを受けたくて。フェローのマスターコースメディカルは両先生とも評判いいそう(ずっと昔別の先生で受けています)。イタリア語やスペイン語にお金を費やしていなければ金銭的にもっと楽なんでしょうけれど。

仕事の行き詰まりはフリーでやっている以上みんなにあることと思うので、一応書いてみました。ご参考になれば。

2018年春『入門ビジネス英語』『実践ビジネス英語』3週間目&久しぶりの英会話。

ヨシダヒロコです。

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Worksのページの特に勉強歴をすっきりさせました。翻訳歴の更新もあります。

当地では、遅い春がやっと来た後、寒暖差が激しく何を着ていいか分からず、身体の中枢の温度が狂っているような感じが続いていました。調子も上がらなかったのがやっと一定の気温になってきたかと思ったら。今日(4/21)はなんと最高気温が29℃ほど、明日は27℃だそうです。

庭で花をいじったり、上のような写真を撮りましたが暑くてやってられないです。写真は今日のお題である英語テキストの色、赤にしました。八重咲きのアネモネらしいです。

NHKラジオのレベルチェックで危機感を持ち、ラジオ講座を聴くことに決めました。B1と言われたんですが、ビジネス英語をB1、C1両方聴くことにしました。NHKラジオ講座には中学生~社会人の初めくらい?にお世話になりましたがご無沙汰でした。最後に聴いたのは確か杉田先生の『やさしいビジネス英語』だったはずで、わたしも『実践ビジネス英語』でいうところの「ブーメラン」(一度やめた会社に帰ってくる社員)なのです。

4月からのNHKラジオ語学講座(英語)あと趣味のテキストなど。

『入門ビジネス英語』は知らない間にできていて、NHK出版HPで立ち読みができたのでついでにと。今は両講座合わせて週5になっています。

以下、感想。

  • 『入門ビジネス英語』はシンプルでもとっさに出てこない英語らしい言い回しがときどきあり、線を引いたりしています。技術系でもビジネス寄りの英訳に使えそうなので、Excelにまとめると良さそう。
  • もう1つ、このエントリ(コーディネーターさんの立場に立つ。)と関連するような「仕事を円滑に進めるため」の言い回し、例えば相手のことを誉めたり、ポジティブに話をしたり、話を引き出したりなどのビニエットがあります。メールのやり取りでも参考になるかも。
  • 『実践ビジネス英語』は『入門』に比べるとさすがにシャドウイングは口が回らないですね。わたしは話すとき言語に限らず「あー」とか「えー」とか口ごもることがあるので、滑らかに話す練習になりそうです。
  • 内容も相変わらず濃いです。

連休はどういう放送予定になるか分かりません。とりあえず「ラジ録」で予約録音していて、サポートが「今まで聞いたことがない」というフリーズなどのエラーが出ていたんですけど、再インストールと設定変えて直ったかも。PC古いですし。予約録音にはAIや平安貴族などカルチャーラジオもあります。

金曜日に、もう1年ぶりになる隣の市のオデッセイ英会話に行ってきました。事務担当も身内という家族経営で、先生が変わり「マークになる」と言われていたんですが「どのマーク?」と思っていたら良く知っている弟のマークでした。プライベートレッスンのフリートークです。マークの家族が増えた話などわいわいと話し、1年間なかなか行けなかったんだけど”Sherlock”や”Prime Suspect”(第一容疑者)をできるだけ英語字幕で見ていることを伝えました。主な本格ミステリは皆イギリス本国でドラマ化されているそうです。スコットランドのリーバス警部ものやジーヴスもののドラマ化については知らなかったです。

あと、『英国一家、日本を食べる』の話もしました。あの家族の坊やたちがティーンエイジャーになって、また家族で日本に「食べに」きたと。前の本共々英語で読めたら。マークはアニメを1回見たことがあるそうです。『英国一家』訳本は文庫本になりました。そのうち欲しいDVDとともに原書をAmazon.co.ukで買いたいな(Amazon.co.jpでは原書が品薄なのか定価で買えないので)。

 

スペイン語・イタリア語はTVとラジオ応用編です。ずいぶん昔のログを見に来る方もいるし、別発言にします。