わたしのしてきた英語の勉強(のようなもの)その4(終)・離婚し体調調整しつつ現在まで、今は大学生

ヨシダヒロコです。

その1  その2 その3 に続く

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亡きうちの猫です。削除したエントリより。

言葉とは怖いものだ、と思うようになったのは実は最近です。今ではアカハラとかモラハラとか言われていても、当時はその名前で知られていなかったものには過去非常に苦しめられました。両方とも結構歴史があります(モラハラはフランス人イルゴイエンヌ著の日本語訳が1999年刊)。

医学的なことを知らない人にPTSDですか?と聞かれることがありますが、主治医曰く「診断基準をわずかに充たしてないし、私がその場にいた訳ではないけど命に関わる目には遭っていない」との判断で「後遺症」が長々続いています。精神科の不思議なところは、医師が変わると診断が変わることがあることで、精神科訪問看護を受けていますが、「ニュースとかでなんでこれでPTSD?ってケースがありますよね」と看護師さんと話しています。

病的でなくとも、誰かが言った言葉が引っかかってとか悔しくてとか普通にあることでしょう。事態が重くなると、言った方は全く忘れて普通に毎日を送っているのに、言われた方は長く気にしてしまい、生活に支障を来してしまったりすることもあるでしょう。

わたしが傷つける側に回らない保証はないので気は付けていますが、どうやっても誤解までは防げず、難しいと思います。それくらい言葉は難しく、特にSNSは複雑な話に向いていません。うまく情報収集に使えば便利ですけどね。


広島時代のわたしと英語

これは、だいぶ前に書いた「翻訳者と結婚してうまくいかなかった場合の話(リンク)」の再謁に近いです。2年も持たず実家に帰りました。11.がちょうど14年前です。

  1. 元夫と机を並べてフリーとして翻訳(英日&まれに日英、技術系)
  2. 初めてTradosの画面を見る
  3. 家事との両立、体調の管理に苦労
  4. 同居人はとにかく仕事の邪魔だった
  5. 英語学校は紹介で大手ではないところ、少人数制
  6. スペイン語の学校にも通う
  7. スペイン語、イタリア語のNHK TV
  8. モラハラでいろんなことが回らなくなり、寝たり起きたりになる
  9. 1000ページの医学系書籍の仕事が全く進まない
  10. フェレットたちを連れていくこともできず、ポシェット1個でアパートから逃げ実家へ
  11. 後に調停を起こされ、離婚
  12. 病状は30年弱の病人生活で最悪だった
  13. 現在も広島に行くのはきつい

1.仕事は契約的に大丈夫だったのかどうか、手分けしてということもありました。向こうの方がキャリアが長いので、確かサポートしてもらうような話になっていて、助言もらったこともありましたね。

3.家事といってもごはん作るくらいでしたが(掃除・整頓が下手なので)、夕ご飯も具合悪いとか仕事とかある場合にこっちはギリギリまで何とか支度しようとし、相手はできないなら早く言ってくれと揉めました。ラーメンやつけ麺、お好み焼き(デリバリーの場合も)の外食になったこともちょくちょくありましたけど。今のわたしは1人分くらいならその辺探して何とかしますが、当時は新婚だったし頑張りたかったのですよね。それに、「冷蔵庫の中のもの」で作るのは慣れないと難しいです。結婚前に仕事のゴタゴタでかなり疲弊していたんですが結局広島で休めず、体調がだだ下がりになりました。以降に少し書きます。

4.同居人にこまこまと好みというかマイルールがあると疲れます。そういうのは傍から見ててなんでそうなのか理由が分からない場合があります。似た理由で東京時代引っ越ししました(当時の主治医もそれ分かります、と言ってた)。しかも今回同僚というか上司のような扱いでした。うちのことが仕事を侵食していく訳です。在宅だと息抜きが難しいです。事務所持つ人もいますけど。

5.今はない学校です。現在通っている富山県内の学校がここを参考にしたそうです。広島の学校はイギリス人とアメリカ人の担任が代わりばんこにいて、みんなが結構好きに喋る感じでした。

6.最初は少人数→プライベート。5.&6.はアパートから逃げたときに終了になりました。

8.& 9. 元夫紹介の翻訳会社からもらった大型案件ですが、後に心因性だろうと言われたしつこい頭痛が主で寝込んでしまうように。今もわたしは処方の頭痛薬飲んでいて、メンタルと頭痛はかなり相関関係あるそうです。仕事は富山に帰ったわたしが続行不能(受け入れ先に断られたけど主治医が「即入院」というような状態)になってバトンタッチしてもらいました。広島で何が起こっていたかは富山に帰って分かってきました。

12.広島ではフェレットオーナーさんとペット連れて集まったり、輸入食材屋・パン屋で買い物して楽しかったり、お好み焼きは出所にかかわらず好きだったしという思い出もあるのですけど、あれから1回勉強会で行きました。富山にいてもまだ苦しいことがあるので今後についてはどうなんですかね。


傷をいたわりつつ現在までのわたしと英語(専門知識も)

 

  1. 最初は翻訳者だと名乗らず、実名でブログを始める(場所は違うけど本ブログ。離婚翌年の2005年)
  2. 最初はProZ.com中心に受注、海外会社に泣かされる(未払い、詐欺など)。特にトラブル時、英文メールの書き方は大事。アメリアには出たり入ったり。
  3. Trados 2006よりTradosユーザーとなる。ここ数年で使えるツールは増えた
  4. 十何年前、うつ病でなく双極性障害と分かり、生活が大変なので障害年金を申請し通る
  5. 後に障害者手帳も取得
  6. 2010年くらいになってある海外会社から受注が増えたが、あまり良くない会社と分かって縁を切る(支払い遅れがあった)。その後は国内会社中心に開拓・受注したいのだけど模索中。
  7. イタリア語、スペイン語はNHKラジオ→Skypeレッスンや通信講座へ
  8. スペイン語は東京まで「通学」翻訳講座に行ったことも。難しかった
  9. イタリア語、スペイン語は中級くらいまでの検定に通り、もう少し頑張る予定
  10. 英語翻訳は東京、大阪、広島などの勉強会やセミナーに出かける(Facebook経由やJTFなどのメール情報で知ることが多い)
  11. 江川の英文法を全部読む
  12. 英訳を本で勉強(過去ログ その1 その2
  13. バイオをやさしい本から順番に読んで仕事もらうまで行く(翻訳祭2017の「ミニ講演会」で発表 その1 その2
  14. 2011年から隣の市で月1プライベート、フリートークの英会話教室に行っている
  15. 2016年に放送大学再入学
  16. NHKラジオを今年3言語で再開
  17. 以前「今日の勉強」的にあれやってこれやって、というのをSNSに書いていた。似たようなことをしている人は他にもいて、今だと「翻訳ストレッチ」が巷で流行中
  18. 現在休養中で、今後もこんなことはあるだろうがボチボチと
Dawn view of Toledo

Credit: Adobe Stock, いつか行ってみたい街はいろいろありますが、例えばスペインのトレドです。

2.いい加減払えとメールできつく書いても全く堪えない常習犯もいましたので、事前に会社の評判調べておくのも大事ですね。あと、まれに電話がかかってくることがあったり、こちらから支払い遅れを催促することがあるので、海外エージェントとの取引では会話できた方が良いです。今はどうか知りませんが、中国・インドが新興国と言われていた頃、断っても意味が分からないのか超安い単価(3円~5円/wordとか)でまた声をかけてくるので、メールはフィルターしました。短期で大型案件も多いような。

6.わたしが「いち抜けた」した会社は、定期的に単価を下げ、耐えられなくなった人が辞め、の繰り返しらしかったです。来るとわたしに決まっていたような案件があったのですが、クライアントに申し訳ないとは言え、20日以上1ヶ月分の生活費が遅れるのは耐えられませんでした。欧州なら取り立ての会社あるそうです。海外はいろいろいい加減なので、やっている仕事量の割にスキルが上がらない場合も。

国内の特に大手は、既にトライアル受けたり登録したことがあったり、条件を知っていたりします。それで余計に新規開拓が難しくなっています。よく分からない機械翻訳を導入したなど条件が合わない会社を昨年切ったんですが、向こうは「そうですか」と言っておいてデータ消してないとか最近2件連続で経験しました。

8.いろんな課題があって何でもやらされるんだとも言われました。聞き取りもある場合があると(英語翻訳でも実務翻訳者に動画の字幕付けてくれという案件があるそうです)。「楽しく訳せたから出来がいいとは限らない」みたいな講評をもらいました。

9.翻訳するなら、トライアル一発なので資格は関係ありません。試験受けていく過程で面白いことを知ったりできるので受けています。イタリア語検定は準2級に惜しいところで落ち続けていて、先生には翻訳まだまだと言われています。スペイン語検定3級にB判定で落ちた後、DELEというスペイン政府の試験(B1)に落ち続けています。わたしが英検を信用できないのは、DELE試験官が試験(厳しいらしい)でちゃんと選ばれていて、いろんな国から来ているのに発音もばらつきがないから。受験料がお高いのでそこまでできるのかもしれませんけど。

10.セミナーは出ればいい訳ではなく、自分なりに復習しないと(自らに言い聞かせている)。治験周りは自習の方法ない訳じゃないらしいですが、また翻訳講座受けようかなと考え中です。

11.この本です。自分がいい加減だったと実感したような。他にも自分が知らないだけでいい本はあると思います。正直冠詞などは今でも英訳でボロが出ているので読み直すかな。Logophileに入れたロイヤル英文法を最近使っていますが。日向清人先生の本も気になります。

14.イギリス人の先生が主です。ですけど、2年ほどなかなか定期的に行っている余裕がありません。家族経営的で、兄弟に順繰りに習っているところです。来月BBQもあるし行くぞーと思ってるんですけどね。先生たちがパブ(バー)を建てて夜はお店の人になり、お酒や料理出してくれてたこともありました。

15.放送大学はずっと前に何もしないで辞めたことがありましたが、現在院にも学部にも籍があります。初歩イタリア語を視聴(のみ)、他に理系中心で履修しました(精神医学、生物学、言語学を大学院で、物理学3科目を学部で)。この間、昔は点数取れなかった物理の専門科目を終わらせたところ。対面授業もあります。来期は息切れのためお休みすると思いますが、過去の化学科時代の単位も生かして物理方面で修士号を取りたいなと思っています。なのでこのブログは物理の話が多いのです。

16.ビジネス英語は「入門ビジネス英語」「実践ビジネス英語」と2つあります。前者はビジネス現場で「人の心を動かして」ビジネスを円滑に進めるものの言い方が参考になり、後者はアメリカのビジネス周りのトレンドについて突っ込んだ話。他の言語も夏に体調崩して遅れまくりです。

17.翻訳ストレッチについてはTwitterでハッシュタグ探すとあるんですけど、改めて書くかもしれません。

18.ボチボチに持っていくのが難しいこともありまして、本当に仕事と体調の波は何とかしたいですね。翻訳者は勉強してなんぼなんですけど、仕事があって調子が良くなく勉強が重なるとえらいことになることがあり、ペース配分も大事です。

今『半分、青い』を惰性で見ていますけど、鈴愛があれほどやりたかった漫画家を辞めたあたりのところは心に残りました。くらもちふさこさんも見ていたようで、こんな記事があります。このお話、自分の仕事に引きつけて考えるとすごく分かります。続けていると、現在経験中のことも含めいろんなことがあるので。

くらもちふさこ 朝ドラ鈴愛に「漫画をやめてほしくなかった」   (アーカイブ


 

最後に、物理学者ニールス・ボーア(コペンハーゲン生まれのデンマーク人)の言葉を引用します。量子力学を提唱し現代の物理学を開きましたが、アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と量子論を認めず論争になりました。2005年のわたしはまだ大分体が大変だったはずなんですが、こんなエントリを書いていました。

引用します。

An expert is a person who has made all the mistakes that can be made in a very narrow field.

***

大分前の「日経サイエンス」上で「あらゆる失敗をしたものが専門家になる」と紹介していたような気がするのだが、そしてすごく励まされた気がするのだが。ふと原文(英語でいいのかな?)を当たってみた。「非常に狭い分野で」っていうのが抜けている。

***

失敗しても次に生かさないとダメだと思うんですが、これを自分の研究HPに書いている研究者もいました。確かに励まされる言葉ではありますね。ボーアの言葉は物理関連の他にもなるほどと思うものがあり、日本でも人気があるのは頷けます。

残念ながら、わたしがこのように努力しても必ず成功するとは言い切れない(100%ではない)のが翻訳という仕事だと思います。物事に100%確かなことなんてありませんが。好きという気持ちだけでもやっていけず、なかなか難しいことですね。異論のある人もいるようですが、仕事の継続獲得についてわたしの周りでは口にはいちいち出さないけど悩みを持っている人が多い印象を受けます。

自分のやって来たことを10年強分の過去ログに書いてあります。最初の方はあまり内容ないんですが、参考になるところは持っていってくださいませ。

そういうわけで、長々書いてきた自分の勉強歴(人生も?)はひとまず終わりです。

~おしまい~

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告知:日本物理学会 市民科学講演会(素宇)『宇宙を探る地下実験とフィルム』(2018/09/16 13:00開場、松本市キッセイ文化ホール)

ヨシダヒロコです。

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一般社団法人日本物理学会 市民科学講演会
宇宙を探る地下実験とフィルム

講演1 梶田隆章 (東京大学,ノーベル物理学賞受賞)
「地下から探る宇宙と素粒子」―ニュートリノと重力波―
講演2 中村光廣 (名古屋大学)
「されど写真乾板,挑戦の日々」―フィルムで探るニュートリノ,暗黒物質,ピラミッドの謎―

日時:9月16日 (日)
13:30~16:00 (開場:13:00)
場所:キッセイ文化ホール 中ホール (750席)
対象:どなたでも (申込不要)   入場無料

講演1 「地下から探る宇宙と素粒子」 ‒ニュートリノと重力波-
梶田隆章
(東京大学,ノーベル物理学賞受賞)
岐阜県神岡の地下では、1983年以来ニュートリノの研究が行われてきまし
た。また現在は重力波の観測を目指すKAGRAの建設も進んでいます。こ
の講演では、スーパーカミオカンデでのニュートリノの小さい質量の発見
やその後の研究、そしてその意義についてお話しします。また今後期待さ
れるKAGRAによる重力波の観測と、重力波を通して調べる宇宙について
お話します。

略歴
昭和56年 埼玉大学理学部卒業 東京大学大学院入学
昭和58年 東京大学大学院理学系研究科物理学専門課程修士課程修了
昭和61年 理学系研究科物理学専門課程博士課程修了 理学博士(東京大学)
東京大学助手(理学部附属素粒子物理国際センター)
平成 4年 東京大学助教授(宇宙線研究所)
平成11年 東京大学教授(宇宙線研究所附属宇宙ニュートリノ観測情報融合センター)
平成20年 東京大学宇宙線研究所 所長 (現在に至る。)

講演2
「されど写真乾板,挑戦の日々」‒フィルムで探るニュートリノ,暗黒物質,ピラミッドの謎-
中村光廣(名古屋大学)
かつて隆盛を極めた写真フィルムはデジカメ・スマホの前にいまや風前の
灯火です。若い人の中にはフィルムを知らず、電源不要で軽快な写真フィ
ルムをみて、最先端の技術であると勘違いする人もいたりします(実はこ
れは正しい!)。その写真技術を生かし、素粒子ニュートリノや暗黒物質、
そして何の因果かピラミッドの内部構造を探る研究を展開しているのが我々
の研究グループです。その写真乾板(原子核乾板)奮闘の日々を紹介しま
す。
略歴
1957年 兵庫県姫路市生まれ
1976年 信州大学理学部物理学科入学 (松本の住民となる。)
1980年 信州大学卒業 名古屋大学大学院進学 (第二の故郷松本を離れ、名古屋の住民となる。)
1989年 名古屋大学 F研 助手
2002年 名古屋大学 F研 助教授
2013年 名古屋大学 F研 教授 (現在に至る。)
日時:9月16日 (日)
場所:キッセイ文化ホール 中ホール (750席)
※申込みは不要です。直接会場にお越しください。入場無料
13:30~16:00 (開場:13:00)
主催:日本物理学会,共催:信州大学,後援:長野県教育委員会,松本市教育委員会
企画・運営:日本物理学会2018年秋季大会(素宇)実行委員会
お問合せ:Tel:0263-37-2456

日本物理学会2018年秋季大会(素宇)
実行委員会ウェブサイト

http://science.shinshu-u.ac.jp/jps2018su/kagaku.html

 

学会ウェブサイトトップページ

(素宇)は素粒子・宇宙物理か素粒子・宇宙線かどっちかだと思うんですけど。

今回の催しは何で目に入ったのか忘れました。物理学会は春秋とあるそうで、物性と素粒子など違う分野が会場が別れていて、今年の秋はそれぞれ同志社大学京田辺キャンパスと信州大学です。松本の市民講演会が魅力的なのでまずお知らせします。わたしは素粒子寄りですが、物性も少しだけ勉強して、授業で「ここからが面白いんですが時間切れ」みたいになった覚えがあります。放送大学で大人になってから単位取ったばかりです。物性の講演は「京」のお話なんですがまた改めて。

梶田先生は既に去年、今年とお話を聴いて、こないだの日曜日は中畑先生と京大の中家先生のお話を富山で聴いて、今年充分頂きましたという感じです(ちなみにこの学会の去年秋季大会での市民講演会は、栃木で梶田先生と村山斉先生だったそうです)。今の疲れが回復した頃にまた何か機会があったらもちろん考えますけど、放送大学で行われる鈴木(洋一郎)先生の面接授業を2,3年連続で聴いてきたのを今年ちょっとお休みしようかと。

ピラミッド透視などの研究されている中村先生のお話は未聴なので興味があります。短い天文番組で国際研究プロジェクトを見てすごいなーとなりました。フィルムカメラで研究してるんですね(神岡でそんな感じのおみやげもらいました)。録画消化してないですがNスペになっていました(この辺りアーカイブ)。またどこかでお話聞けないか待ちます。

ScanPyramids

北陸新幹線開通で、富山から松本へはバスなどの安価な交通手段がなくなりました。わたしは今回疲れもあり色々動くのはしばらく諦めます。残念ですが。松本まで行ける方、近隣の方のために書いています。

今年はもう満員御礼で終わってましたけど、学会ではセミナーも年1回やっており、今年の夏はAIだったそうです。小冊子で人気だったため有料で領付している『物理学70の不思議』も今一度書いておきます。こういうの読み物が溜まっているので、ゆっくり読む時間が欲しいのです。

今回無理という方も、学会は全国を回りますからいつか聞きたいお話に会えるかもしれません。

 

ブログアイコンを根強い人気のキムワイプに。

ヨシダヒロコです。

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Credit : Wikimedia commons  キムワイプS by D.328 

キムワイプは謎の人気を誇る実験用ペーパーで、フラスコなどを拭いたりします。学生時代は皆結構トイレットペーパーを実験台に1個置いて済ませていたし(1人に1個)、使うことはあまり頻繁ではありませんでした。毛羽立ちが少なかったと思います。今回調べたら発祥が米国だと知りました(最後のネットニュースのリンク参照)。

メーカーサイト(日本製紙クレシア)

これを見ると、かなりいろんなところで使われていそうです。

Amazonなどでも売ってます。特に実験してた訳ではない人でもファンを見かけたことがあります。理科系の備品は今おしゃれらしいですし。

キムワイプの公式Twitterもあります。わたしはいつの間にかフォローしていたようです。実験室にあるもので何かブログのアイコンにしようと思ったとき、まずフラスコとか考えて(ここの前にはそうしてた)やはりキムワイプの存在感には負ける、と思いまして今回選びました。

素材は Chemical Garden さんより。

内輪受けしそうなスタンプありますね。

最後に、ちょっと古い記事ですけどwithnewsより。理系は広いので、「常識」かは知りません。

理系の常識『キムワイプ』とは? ネットでチラシ話題、製造元に聞く

アーカイブ:同日追記)

 

わたしのしてきた英語の勉強(のようなもの)その3・大学院中退、家庭教師バイト、翻訳通信講座

前々回 前回から続く

ヨシダヒロコです。

interior of house

Photo by Pixabay on Pexels.com

英語関係ない話が多いと思われた方もいるやも。まず、こういう状況でわたしはこういうことをしていたよという相関をお話ししたいのと、わたしは言葉に関してとてもいやな目に沢山あっています。言葉というものはこれだけ人を傷つける、だから大事ということを言いたくて書いている部分もあります。最近積ん読のスティーヴン・キング”On Writing”が目に入ったのですが(邦題『書くことについて』)最終章は確かずっと自らの人生のモノローグでした。もちろん、すっかり忘れていたので真似たつもりはなかったのですけどね。

それに富田靖子さんが、昔のNHK『スタジオパーク』のインタビューの中で「言葉は本当に怖いです」としみじみ言っていたのを思い出します。言葉って選べば人を簡単にハッピーにできるし簡単に絶望のどん底にも突き落とせます。言葉に関わるのなら知っておいて欲しいです。

もう1つ、わたしはいわゆる4技能(読む、書く、聞く、話す)を全部やろうとしましたし、今も努力しています。多分興味あるからだろうし、すべてはお互いに関連しているとも思います。英検などでA1とかB2とかありますけど、その評価付けをしているEUのCEFR(セファールまたはセファー)が今年4技能を止めて別の言い方に変えました。それを書き出すと長くなるので別の機会にしてここにリンク貼ります。

ただし、読まれた方は好きなように参考にしたりしなかったりされればいいと思います。みんなやり方が違いますので。

(箇条書きにしたら段落の間が空けられなくなってしまいました。画像や太字で努力しましたが、読みにくかったらすいません)→直しました(2018/08/27)


理系大学院生時代のわたしと英語

  1. 英語が読めない
  2. 論文翻訳バイトができない
  3. 大学院には猛勉強で受かったが、体を壊す
  4. 昼夜逆転に苦しむ
  5. いろんな国の留学生との交流
  6. (言いそびれてました)大学生の頃から杉田先生のNHKラジオ「やさしいビジネス英語」
  7. アメリカ人&日本人カップルの英語教室に短期間行く
  8. バンドとかやって勉強に影響出まくり、ライヴ沢山聴きに行く
  9. 休学もして体調整えてみたが、中退
golden cup and basket with books

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1.専攻は天然有機化学で、薬効のあるものなどを自然界から探したり、同じものをフラスコ中で作ったり構造を探ったりします。割と最近知ったんですけど日本のお家芸だそうで、創薬の最初のステージでしょうか。まずは研究生として浪人をやりました。ただ、タスクは他の4年生たちと大体同じです。理系だからといって求められる英語が楽なわけではなく、わたしの研究室のクラスメートたちには帰国子女で卒論を英語で書けて、日本語能力も全く問題ないような人がいたりしました。他にもいわゆる「英語力」ならわたしが上かもしれなかったですが、学問の基礎がもうあり、日々誰に言われなくとも図書館から論文や和書の科学書借りてきて読んでいたりするような人々もいて、内容把握で勝てるはずがありませんでした。院生になってからだったか、原書講読でやらかしていたボロボロの訳は戒めのためにとってあります。

2.入学前に「英語得意なら論文翻訳のバイトが」という話もありましたが、わたしのレベルが低すぎました。複数論文を調べ、紹介したいお題を当時はスライドがまだなかったのでOHPというフィルムで投射して紹介するというのも順番で回ってきました。生化学やバイオ系が怖い、分からないと思っていたのはこの頃からで、最近数年でやっと抵抗がなくなってきました。内容が分かることは大事、とこのとき心に刻みました。

3.大学院入試は語学、化学、数学の3教科のはずでしたが、第1志望ではその年から数学がなくなりました。英語の配点高くなったラッキーという。理、薬、農学部の化学系に出願しました。学部生の時からずいぶん色々な研究室を訪問したのですが、薬学部の研究室の学生さんに麻薬成分他が書かれたノートコピーさせてもらったり、農学部では先生にその研究室の論文を頂き、お茶の成分トン単位から取れる活性成分mg単位という恐ろしいことが書いてありました。麻薬のところは落ちて別のところで拾ってもらえたのですが、理学部にまあまあで受かったので、農学部と薬学部の先生に辞退のお手紙を書きました。ただ睡眠5時間が続いてたので、受かった後がくっと体調が悪くなり大変でした。面接では頑張った化学ではなく外国語(ドイツ語もあったところがあったので)のみ評価されました。

4.望まないのに昼夜逆転のパターンに延々なってしまう睡眠障害があるそうですが、その頃知られておらず治療法もありませんでした。お医者さんと保健管理センターのカウンセラーさんにお世話になりました。眠剤飲んでも夜が白々明けてしまい、それから寝てたため朝大学に行けずしんどかったです。修論のテーマが進まないことは非常にプレッシャーでした。

5.国籍で覚えているのは、インド、中国、コロンビア、スリランカ。人生いろいろという感じでしたが、複数言語が飛び交うときもあって面白いと言えば面白かったです。研究者として来ている方もいました。コロンビアの方とは英語で会話をしていました。

6.院生の時はどうだったか忘れましたが、大学生の時に杉田先生のNHKラジオ「やさしいビジネス英語」が始まり聞いていました。その頃、国際関係学部とかの知人でもビジネス英語の重要性を分かってなかったようです。東京時代、TOEICは多分受けていたのではというおぼろげな記憶のみです。

7.東京で1回大学の近くに引っ越しをしていて、そこでこじんまりした英会話教室に出会いました。恐らく体調要因であまり続かなかったのですが、その後こういう雰囲気のところを選んで行くようになります。

8.東京行く前からバンドもどきの準備始めてた始末で、しかもお茶の水で高いヴィンテージベースをローンで買ってしまいました。うつ病者は夜に調子が良いことあるせいか、元気がないという割には東京で集中して開かれる洋楽コンサートをかなり聴きました。日本人ミュージシャンも、Charとか木暮”Shake”武彦(レベッカの初期メンバー、ダイヤモンド☆ユカイさんともバンド組んでた)さんとか。その他ブルーノートにも1、2回行きました。英詞も書いていたけれどさすがに後で恥ずかしくて、高校以来から書きためた(日本語の)詩もろとも廃棄しました。

というわけで、大学やめてまた富山に戻ることになりました。バブル崩壊から2年ほど経過し、わたしの行く企業はなかったと思います。将来が真っ暗で捨て鉢な行動ばかり帰ってから取っていました。ただし、学校自体は皆が仲良くて楽しいことも多く、もっときちんと勉強したかったなと思います。この専攻になってよかったことは、薬のごく基礎的な知識と、天然成分は優しいといくらいわれても例を複数挙げて「それは違う!」と言えるようになったことでしょうか。


家庭教師などバイト時代のわたしと英語(20代後半)

  1. 郷里に帰って家庭教師や塾教師(個人指導)をメインにする
  2. YMCAの先生から1年かそこらプライベートレッスン(同日追記:偶然掲示板で知り合って、学校は通してない)
  3. 他には近くの会社でデジタル地図をトレースしたり、遠くのブラック企業の研究職をすぐ辞めたり
  4. 『通訳翻訳ジャーナル』の記事に影響されて富士通のPCを買い、NIFTY-Serveに入る
  5. 今はない富山の翻訳・通訳グループに入ってお茶会など
  6. Nifty翻訳フォーラムのつてで洋楽の初仕事
  7. フェロー「Step24」(入門コース、通信講座)
  8. DHC「英日メディカルコース」とフェローのメディカル「マスターコース」(後者は選抜試験あり)を受講(通信)
  9. 英検1級とTOEIC900を8.とあまり変わらない時期に目指し、前者はあと1点とかそこらで落ちる。TOEICは達成
  10. トライアルにも2社くらいには受かって少し仕事していた
  11. ブロードバンドができてよく外国人と英語チャットしたりメル友作ったり
  12. ロンドンのロックFM”Virgin Radio”を聴き倒す
  13. 週1で主に中国人に2年ほど日本語を教えた
  14. 同業者の元夫と知り合ったのこの頃
  15. イタリア語、スペイン語に興味をまた持ち、Eテレ(当時は教育テレビ?)を見る
  16. 吹き替えの『ER』、あと字幕の『アクターズ・スタジオ』が好きだった
  17. イギリス短期留学から10年後に「リベンジ」でロンドンに1人旅、今度は楽しかった
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1.大学生はじめから家庭教師バイトしていて、続けるうち子供への苦手意識がなくなりました。親近感が持てる子だと、週1以上で訪問してますから親戚のお姉さんみたいな気持ち。ほぼ女の子対象に英語と理系科目を主にして、試験前は他教科もできるだけ対応するという感じでした。英語はCDを貸したり、古典や世界史で『あさきゆめみし』『ベルばら』を貸したらマンガは「目が小さい」と言いながら読んでくれました。教える経験は自分の勉強にもすごくなります。最近個別指導が盛んですが、違う技術なのでわたしには合いません。

2.この先生はシカゴの方でしたが、年もあまり変わらず音楽の趣味も合い、話して楽しかったです。新婚の奥さんも可愛らしかった。週1くらい1時間ほどのフリートークでした。

3.Googleマップがない時代に、お役所の様々な地図を特殊なソフトでなぞってデジタル化してました。TOEICスコアも買われ、研究職+英語要員で中途入社したこともあるんですが、トルエン(シンナー)を換気もせずガロン単位で使わせるなどいろいろあってすぐに辞めることに。会社も数年前に潰れたそうです。

4.富山にまた戻ってから『通訳翻訳ジャーナル』を書店で見かけ、パソコン通信NIFTY-Serve特集(翻訳フォーラム)に影響されました。翻訳フォーラムは後に文芸翻訳フォーラムと分離しました。Windows95が出てデスクトップPCが普及しだした頃で、それまでも卒論書くのにPC借りたり、化学式を当時描けたのはMacだけだったのでソフトを研究室で触ったりしていましたが、初めての自分のPCで夢中になりました。フォーラムも活発でしたけど、夜になるとチャットしたいと出てくる翻訳者、志望者、英語好きさんといろんなお話をしました。フォーラムにはTwitterのような、3行で言いたいことをいう3行部屋もあり、わたし含め愛好家がいました。「大オフ」は当時飲み会だけでしたし、他にも飲み会やオフがありました。タイピングが早くなったのはチャットのおかげです。

5.これもネットから派生したのですが、意外に富山に住んでいる人がいるのでお茶でもと人を集めた方がいて、わたしも呼んでもらいました。月1でランチするという緩い会で、わたしが結婚した後にトラブルがあって会が停止してしまいました。わたしが遠くから余計なことをしたせいもあったのかもしれません。

6.7.の受講中だったと思います。わたしは音楽部屋に常駐していて、その部屋の管理人の音楽・スポーツが専門の通訳さんから振られたお仕事でした。手がけた文書のうち、新人アーティストに関する文章があって、その人がデビュー早々ビルボードトップになったのは嬉しかったです。人気は長続きはしなかったですけど。

7.初めての通信翻訳講座だったはずです。英語のテストなどの点数が取れるのと翻訳は違うと自分でも分かっていたので、基礎からやりました。

8.両方並行したのはきつかったです。マスターコースは最後1回が直接講義です。「好感の持てる文体だが、医学の文体になっていない」とか「調べ物をもう少しのところで諦めてしまう」という講評を頂きました。特に後者は今でも良く覚えています。将来どうするかを考えていたかどうか、よく覚えていません。

9.英検を信じられなくなったときでした。大阪まで2次を受けに行って、たしか1次も後1点で落ちた経験をしてからのことでした(その前に1次B判定で落ちたような記憶があります)。試験官3人中日本人試験官1人だけの発音が聞こえないのですよ。面接終えて廊下に出たらみんな言っていました。わたしは「コミュニケーション能力」で点が低く、アイコンタクトはしていたので身振りがなかった?とよく分からず、今日まで再受験する気はありません。TOEICもこれだけ取ったのでもういいやと。そもそも翻訳に関係ないし。

10.トライアルに受かった会社から無理言われたり、人の出版翻訳を夜更けまで手伝ったりを家庭教師の仕事の合間に入れていました。辞書CD-ROMも揃えつつありました。

11.メル友は今は流行らないですけど、結構ネットにはいろんな人が日本に興味を持っていて面白かったです。変な人もいました。離婚して帰ってきてからもチャットはしばらくやっていました。

12.有線を部屋に入れていた時期があって、後にインターネットでロンドンとNYのFMなど数年前まで聞いていました。Virginは選曲が非常にかっこよく、90年代に日本人リスナーは珍しかったらしいです。何年も聞いてて曲やCMをよく覚えました。今は海外配信が英国メディア全体でできなくなったらしいです。好きなDJのトークを聞きとろうと録音したり、いい曲のタイトルが分からないので歌詞をなるたけディクテーションして、昔は違法なためほぼなかった歌詞サイトで探したりしました。TOEIC上がったのはそれでかも?

13.ボランティア日本語教師講座を3ヶ月受けました。張り紙でLanguage Exchangeを募ったら、勉強する気あるのか?というアジア・中近東の人が多く来て、日本人との関わり(ごはん食べるとか遊ぶとか?)を欲していたんでしょうけど面倒なことが多く困っていました。それで、別の協会で中国人妻を教えることに。真面目にやってくれたのはいいけど、DV日本人男性には悲しいことに日本人女性に逃げられると、それなら中国人妻はどうだ?みたいな発想になる人がいるようです。あとでわたしも結婚後DVに遭ったので、富山に帰ってからかつて被害に遭った生徒さんの消息を尋ねましたが、見つかりませんでした。日本語教師は生徒さんの人生相談役になってしまうような難しいところがあります。言語的には日本語を別の視点から見ることができました。よく手作り餃子をもらいました。

14.(最後参照)

15.この2言語は似ているので、多少時間をずらしたのですけどやはりこんがらがりました。

16.『ER』は二か国語放送でしたが字幕なしでは無理で、忙しくて第2シーズンまで見てたかどうか。『アクターズ・スタジオ』は俳優の卵に聞かせる先輩の俳優さん女優さんへのインタビューです。もともとインタビューというものが大好きなわたしは、いろいろ掘り下げる司会者の話術もジョークも楽しみました。原題”Inside the Actor’s Studio”といい、なんと米国ではまだ放送しています。 一部分だけ下に貼ります。あとIMDBへのリンク。

17.19歳の時しばらくいたのはシェークスピアの故郷の地方都市、ストラットフォード・アポン・エイボンでした。ロンドンは週末ちらっと行っただけ。この旅ではロンドンのオスカー・ワイルドの住んでいた家の前まで行き、スローン・スクエアだかで店員のお姉さんと「日本サイズはえっと」と話しながらローファーを買い、まだ日本になかったかもしれないロクシタンに偶然入り、1人でパブに入ってランチしたり、ライブハウスに1人で3回行き女性が演奏に興奮して振ったペットボトルの水をかけられた上ガン無視されたり、いろいろありました。フラット型ホテルだったので小さなスーパーにも行きました。改装前のテートギャラリー、キューガーデンにも行き、自然史博物館で長々粘りましたが英語が読めなかったです。ネット知人に案内してもらったり総じていい旅でした。海外にはこれ以降行っていません。

 

この時期様々なことがあり、ターニングポイントだったんだなと実感します。結婚することになり、話が二転ほどしてわたしがフリー翻訳者になり広島に行くことになりました。辞める辞めないで揉めた家庭教師事務所も契約解除しました。引っ越し前に県内の別のところで少し塾講師しました。

普通フリーになるときは二足のわらじしてて仕事が増えたところで1本化する、またはそのまま2本なんでしょうが、自分に仕事の蓄積はありませんでした。「一緒にやろうよ」という言葉を真に受け、最悪のタイミング(入院が要るほどの体調)ではしご外されたと今でも思います。

家庭教師を辞めることになったお宅ではすごく困った困ったとなりご迷惑をかけ、ボロボロになって広島から富山に帰ってきたら、受験に失敗し半ば病んでいる生徒さんもいたくらいでした。翻訳するなら富山で教えるだけ教えてきちんと幕引きして、とできたらよかったのになと思い返すこともあります。

3回と前に書きましたが、4回目、広島以降今までのことを書いて終わりにします。

~最終回に続く~

はじめての人にも分かる翻訳者のトライアル(同日、翌日、2018/09/06追記)。

ヨシダヒロコです。

antica lettera con tazzina di caffè

Credit: Adobe Stock

ここを定期的に読む人が翻訳者のことをよく知る方ばかりではないかもしれないと思い、これを書いています。翻訳者から一般の方や翻訳経験が浅い人向けのアウトリーチというか。

ここでは字幕や出版ではなく、従事している人の数が一番多い「産業翻訳」(実務翻訳)の話をします。文系だと金融、芸術、インバウンドなど、理系だと全分野です。ビジネス一般はどっちもありますね。わたしは面白そうだと何でも手を出したがりますが、専門がかっちり決まっている人もいます。

「トライアル」とは翻訳者の登用試験で、フリー翻訳者は複数のところから安定して仕事をもらいたいため、関係が良好な取引先が複数欲しいところです。そのため受ける翻訳の試験です。募集には多少条件があることが多く、一番よくあるのは「翻訳経験者(会社勤めでの翻訳経験でもいいはず)、経験○年」とか「該当分野の知識や経験がある」などです。

(2018/08/24 10:26追記)

登録先は大きく分けて2種類あり、普通は翻訳会社という仲介会社に登録します。有名なのだとDHC(大学翻訳センター、CMしてるのは副業らしい)などがありますが、英文校閲出す人が翻訳会社の系列会社にお世話になる他は、あまり一般の人には関係ない会社です。そこはクライアント企業、役所、大学の仕事をもらってきます。元弊社などなにかのつながりがあると、直接取引もできます。ブログ書いてるとたまに両方連絡が来る可能性があります。クラウド翻訳も伸びてきていますが、やったことないので触れません。

わたしは今並行して書いている英語の勉強歴のところでもうすぐ書きますけど、20代終わりに当時のパソコン通信絡みで洋楽近辺のお仕事をもらいました(氷河期で就職できずバイト生活中)。コネと洋楽の知識のおかげだったのかなと思います。

それからしばらくして通信の翻訳学校受けたりして、あるきっかけでフリーになろうと思いました。その時までにトライアルに受かっていた会社は少しはあったと思います。

応募手順

  1. 履歴書+職務経歴書を準備。あんまり長くない方が良いらしいです。Worksのページにダイジェスト版があります。希望単価は最初のうちは勝手が分からないでしょうが、慣れたら書いておくと便利なこともあります。なお、紙ではなくWordで準備します(2018/08/25 10:57追記:最近はWordをpdfで保存して提出したり、国内の会社だとパスワードかけたりします)。
  2. 翻訳サンプルが必要な場合もあります。昔翻訳学校で先生に「わたしは(医学)雑誌訳して付けてます」と言われたんですが、今は著作権的にOKなものの方が良いらしいと小耳に挟みました。

これで書類選考です。例えば募集は会社のウェブサイト、各種募集サイトに分野(IT、メディカルなど)、言語(英日など。英日&日英とセットな場合も最近多い。他言語は何でもやらされる)、職種(フリーランス、会社の中で翻訳するインハウスなど)を明記して出されます。応募者の気になる単価は、アメリアという募集サイトでたまに出ることがありますが分からないことも多いです。なので履歴書に希望を書いておいたり受験前にメールで聞くかすると教えてくれることがあります。単価の話は日を改めて。

他にCATツールという、機械翻訳とはまた違うのですが、原文の繰り返しを指摘・置換してくれるツールが使えることを条件にされる場合もあります。蓄積された翻訳であるメモリにある訳が悪いと悲惨な置換のしかたをされるし、Excelみたいに訳文がセルで途切れるので流れがつかみにくいという欠点があります。繰り返しの分値引きされるし。絶対使わないという方もいますが、わたしは2006年くらいから導入しています。

書類選考はほぼ通っていますけど、該当分野での実務経験が必要なケースで落ちたことが1、2回あります。

選考に通るとトライアルが送られてきます。履歴書を見てか、該当分野に「これもできるかな?」って感じで別分野が付いてくることがあり、別分野だけ受かったこともあります。制限時間2時間の会社だと、1課題が(2018/09/06追記:例えばの例で、英日だと)500ワードあったかなという感じです。多いと3課題ほどで(2018/09/06訂正)Wordワード数枚ということがありました(さすがに2時間ということはない。会社訪問の時にそのうち1課題が実際の仕事そのものだったと聞いてびっくりでした)。文章の量はほんとうにまちまちです。

トライアルは翻訳者になりたいと思ったらどの段階で受けてもいいのですが、翻訳については多少は学校に通う人がわたしの周りで多く(半年とか1年とか)、受けるのは在学中か終わったタイミングなどです。仕事を紹介してくれる学校もありますが、上位の人だけです。

うまく受かった場合でも、仕事に入ってからも随時開拓します。翻訳学校には新しい分野の翻訳をしたい場合など、また勉強しに行く必要が生じることもあります。もちろん色々本が出ているし、独学で何とかする人もいます。翻訳は人の目にさらさないとうまくならないので、最低でこの辺に勉強会があったらと思います。ネット勉強会で持ち回りで論文訳していたことありました。翻訳学校の必要性は今考えています。

わたしの場合トライアルの打率は、持病の調子が悪かったりするとやってもやっても落ちます。翻訳自体、馬力や体力も大事な気がします。もともと和訳から入りましたけど、去年英訳で医療機器・機械方面に受かったこともあって「ウソ?」と思ったこともあったし、治験が絡むと全滅に近かったりします。化粧品英訳はOJTでした。わたしは周辺・背景知識を付ける努力はしてきたつもりだけど、特に英訳では翻訳技術がいまいちなのかもと思っています。ちなみにトライアル自体の合格率は1割くらいらしいです。

他に、もうプロジェクトが決まっていて翻訳者さんを探しているという場合もあるそうです。普段の募集は優秀な方が少ないので常時募集というところが多いです。

(こないだ登録ある会社の別分野に落ちたとき、「いつでも一定の翻訳をできる翻訳者さんを求めている」と言われました。もちろんなのですが、こういう体の人は請負だと障害者雇用促進法も適用外だろうし、どうしたらと思っていたりします)

 


 

トライアルの決まり事でよくあるのは、

  1. 納期が決まっている場合は守る。早いと1週間ですが、事情がある場合は早めに申し出るとよいです。納期が決まってない場合もあります。
  2. 別紙に書いてあることが多い決まり事を守る。制限時間のある試験の場合時間を測って書くとか、名前や受験番号を書いてくださいとある場合ちゃんとファイル中に入れるとか、ファイルを圧縮するとかの処理。分からなかったら聞いてくださいね、とよく言われます。やり取りも見られているそうです。
  3. 納品時は「このメールへの返信で」とか「タイトルは変えずに」というのが多いですかね。
  4. 結果は、会社の方も仕事の合間に複数採点をしているので、早くて3週間くらいです。即不合格通知来た、という話も聞いたことあります。

 


 

この本がとても親切なのですけど、実はアメリアに連載時のものがまるまるあるのを春頃に見つけました。伝という会社の近藤さんこと「カントク」のジョークも関西弁で炸裂していて楽しいです。残念なことにかっとんだジョークや美味しいところが本ではだいぶ削られています。さらに残念なことに、この会社わたし落ちまして、次のチャンスないらしいんです。カントクの書いていたことで納得したのは「この人と一緒に仕事ができるか」を見ている、という言葉です。

受かっても100%喜ぶことはできず、本読むと分かるんですが翻訳会社は翻訳者をランク付けしています。合格者の上の方にいればすぐ仕事が回ってきますし、逆だと言わないでも分かりますよね。最悪どこからも仕事が来ないということもあるし、受注が途切れる場合もあるので、そしたらまたトライアル行脚の旅に出るのです。

2冊目の『プロが教える~』は何年か前から持っていて、去年秋のトライアルで活躍しました。書き手の中には存じ上げている方が複数いて親近感が持てましたし、複数人の勉強のしかたや翻訳に対する意見が読めます。あともうちょっと課題をやってないので1冊丸ごと紹介できないでいます。技術内容が分かっていたら分かりにくい原文をかみ砕いて訳せるという箇所もあり、「そうしてもいいんだ!」と思いました(書いた方に質問してみたら程度問題らしいです)。

猫先生こと青山さんは古い友人で、ブログ「女は翻訳でよみがえる」のリンクがここにもあります。この本はKindle本で、さらっと業界のことが分かります。辞書のことは進歩が速いので今は少し事情が違ってきているのかもしれないのと、特に仕事のないときに遠方の翻訳会社を訪問するときは、「近くについでがあってきました」と言った方が担当者さんがほっとします。直接お話しすると良くも悪くも担当者さん(コーディネーターさんとかコーディさんという)のキャラクターや社風が透けて見えることがあるんで面白いですけどね。

翻訳フォーラム有志の『できる翻訳者になるために  プロフェッショナル4人が本気で教える 翻訳のレッスン』も評判高い本です。上2冊は技術系ですけど多分この本はそれだけではないかもしれないので。積ん読が多いため、この本や気になるムック本、「通訳翻訳ジャーナル」でたまってたり買えてなかったりするものはゆっくり買います。

まだ暑い日が続いて消耗しますからゆっくりしますが、本を挙げているうちに「もっと休養できて元気出たら、どの辺を読もうかな」という気になってきました。

これを読まれた、特に「翻訳者には興味あるけどどんなことをしているんだろう」と思っておられた非翻訳者の皆さんにとって、秘密のベールに包まれていた翻訳者が「ちょっと分かった!」となってくれたら嬉しいです。

告知:KEK一般公開2018 「“知りたい”が加速する — 宇宙・物質・生命の謎 — 」(2018/09/02、高エネルギー加速器研究機構つくばキャンパス )

ヨシダヒロコです。

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物理系で見落とした一般公開多分あると思うけど、この夏ご紹介するのはここが最後かもしれません。

パンフの容量が大きすぎアップロードが困難なので、過去ログもきちんとしていますし特設ページから見てみてください。1枚だけ貼りますが、目的ごとにお薦めの回るコースがあります。お子さん向けとか、リピーター向けとか、写真撮りたい人向けとか、車いすの方向けとか。

特設ページはこちらで、説明はパンフレットが詳しいです。今年行くことができたなら(厳しいですが)霧箱作りたいですけどお子さんばかりなのかなあ?

https://www2.kek.jp/openhouse/2018/

過去の一般公開はこちら。

https://www.kek.jp/ja/PublicRelations/Events/Openhouse/

KEKを取り上げたネットコラムでわたしが一番面白かったのは、全くの物理の素人さんが書いたこれでした。また読んでも受けてしまう。これ見て「加速器って(メカ的に)綺麗だな」と思ったし、そういう巨大施設写真を撮っている方の写真集を買ったりしました。深く考えず「見に来ましたー」でももちろん歓迎されると思います。「裾野が広がった!」みたいな感じで。

デイリーポータルZ      素粒子物理学をうまいことたとえる

この記事のしばらく前に、このコラムにも出てくるBelle II 実験を全国から来た高校生に夏休み体験してもらうBelle PlusというイベントをKEKはやっているのですが、その資金を募りにクラウドファンディングを行ったときいくばくかの寄付をしたら担当者さんにTwitterで捕捉(2018/08/27 1:00誤字訂正)補足されました。高校生にとってはすごい体験でしょう。なんと2年分の資金が集まり、綿が入ってないから真夏に着られないけど、リターンの渋いTシャツが届きました。


 

もうひとつKEKでご紹介したいのは、サイエンスカフェです。ほぼ毎週やってて5月に第100回いったそうです。今書いている途中の神岡レポ後半で、担当の高橋さんとしばらくお話ししました。一般公開のサイエンスカフェはちょっとタイトルが難しめかもしれませんが、普段のは「突撃!隣の大学院生」などタイトルが柔らかくて面白いですね。

過去の簡単な内容はここで見られます。

https://www.kek.jp/ja/newsroom/sciencecafe/

 

#別施設の話ですが、土曜に一般公開が迫った野辺山電波観測所のニュースについて、所長の新たなツイートを追加しました。講演はYouTube/ニコ生で聞けますよ。

 

放送大学30年1学期、物理専門科目再試験の3教科何とか合格(2018/08/22)。

ヨシダヒロコです。

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あとで右端のバレットジャーナル見直したら、どう考えても無理なスケジュールが割とありました。

昨日久しぶりに暑い中半日出かけてた上に、今日の気温が37℃とか38℃で、夕方になってもまだぐったりしてます。今日試験結果の発表があり、大学院科目も含め皆合格でした。『力と運動の物理(’13)』A(89~80点)、『場と時間空間の物理(’14)』C(69~60点)、『量子と統計の物理(’15)』Aでした。

単位の認定基準 放送大学ウェブサイト

10問4択マーク式だったので、Aのものは2個、Cのものは4個間違えたことになります。4択でも勉強してないと楽ではないです。教科書に式は沢山あるのですが、前回と同じく概念を問うような問題が多かったです。これから体調を見て、間違った恐れのあるものは分かったところを明らかにした上で質問したく思います(期間限定で試験問題がアップされています)。

物理は1個くらいは落とすかもと思っていたし、落とすなら一番準備できてなかった量子だろうと思っていたので、『場と時間空間』の点数の悪さ(ギリギリで通ってる)は相対性理論がダメだったのだろうか、前夜眠れなかったのもダメだったのかもと。ともあれ、6月に体を壊して療養に入り、物理を何とかして通らねばと空回りばかりしてましたが通ってやっと報われた気分です。

今回は再試験だから何とか通りたいと、他の教科書も買いました。検討したのも含め下に貼ります。量子分野は買っただけでほぼ開く暇もありませんでしたが、履修はしてないけど授業を見て買ってあった『物理の世界(’17)』ともに、印刷教材の欄外にあった『物理の世界(’11)』も参考にしました。

どの科目も諦めずやっていくうちに分かるところが多くなっていくのを感じていました。単位が取れても、教科書が難しいので式をなるたけ全部追い理解を深めることが今後の課題です。院に行きたいので。Twitterで物理を教えている先生などから「ベクトル解析が大事」との話が複数あったため、春頃から上のピンクの本買って問題解いていたはずですが、まだ1/3しかできてません。ローテーションとか盲点のベクトル外積とか勉強できます。証明問題もありますね。一番下の緑の本は、教授の雑談形式で面白そうで、ピンクのと最後まで迷いました。1冊分の予算しかなかったからですけど、今もまだ気になります。

青い本の前野先生の本は他にも力学や数学、電磁気学などいろいろあり、ネット上にサポートページまであります。わたしには普段Twitter拝見していることもあり合いそうな感じでしたが(めくってみて何故放送大の教科書はこんなに難しいの?と思いました)、このリンクからすぐに買わずに本屋さんに行って手に取ってみてください。人に薦められたからと確認もしないのは主体性がありません。一般相対性理論の本は現役で物理専攻の大学生ツイ友に教えてもらいました。レイアウトなどは確認してましたけど本屋さんに見に行ったら、ページ数が非常に多く(671p)、レイアウトは楽そうでしたが試験には間に合わないと買うの延期しました。相対性理論は不思議で惹かれるので、今後きちんとやりたいです。

数学の公式や計算で分からなくなったら、または物理でも分からなくなったら、検索して他大学が無料で出してる教科書みたいなサイトを参照するのもいいかと思います。学生さんが書いているようらしいけど例えば金沢工業大のサイトは偏微分のやり方の確認でお役立ちでした。

前学長さんの量子力学のウェブサイトがあるし(ツイートにリプライ頂きました。長いこと教鞭をとっていたそうです)、電磁気学のpdfの教科書もありました。http://www.moge.org/okabe/temp/elemag.pdf

前に物理の先生に焦って参考書の質問したことがあったのですが、

  • 物理は自学が大事
  • わたしの(院試の)準備状況が分からない

からと断られました。確かに実力が分からないと薦めようもないですね。

ということで、わたしの言っていることも1つの参考としてください。

試験ですが、3教科が順番に8/2、8/4、8/5とちときつく、朝には弱いので特に眠れなかった4日はヘロヘロでした。準備はしていたのでマークは15分で終わらせました。ちなみに3教科とも受けたのわたしだけ(各科目1人)で、一方心理方面は賑わっていたようです。

4日は学習センターがある富山県立大学で、子供向けの科学イベント「ダヴィンチ祭」があったため放送大生は車で来ることができませんでした。試験が終わった後お昼くらいまでイベントを見に構内をぶらぶらしてました。ダヴィンチ祭についてはまた書くかもしれません。

物理は今後もしばらく自学するとして、数学を何とかしないといけないですね。2学期は気晴らしできるような科目取ります。

告知:「第18回市民講演会 脳からこころを解き明かす」(NCNPブレインバンク、2018/09/29、国立精神・神経医療研究センター ユニバーサルホ―ル(教育研修棟1F))

ヨシダヒロコです。

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開会挨拶 国立精神・神経医療研究センター病院 病院長 村田 美穂

1.うつ病とはどんな病気?
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 所長 中込 和幸

2.双極性障害・うつ病の脳病変を探る
理化学研究所脳神経科学研究センター チームリーダー 加藤 忠史

3.「希望の贈り物」運動:ブレインバンクを御存知ですか?
  3.1. NCNP ブレインバンクの取り組み
    国立精神・神経医療研究センター NCNP ブレインバンク 医長 齊藤 祐子
  3.2. 精神疾患ブレインバンクの取り組み
    福島県立医科大学 准教授 國井 泰人
  3.3. 高齢者ブレインバンクの取り組み
    東京都健康長寿医療センター高齢者ブレインバンク 部長 村山 繁雄
4.総合討論
司会:国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 部長 住吉 太幹
閉会挨拶 東京都健康長寿医療センター センター長 許  俊鋭

 

ブレインバンク事務局のHP

http://www.brain-bank.org/

ロゴ”Gift of Hope” の説明です。

giftofhope

Gift of Hopeは英語圏の多くのブレインバンクで、生前同意登録の際に使われている言葉です。登録していただいた方が死亡された時に、脳などを研究に使わせていただくことにより、病気の原因が解明され予防と治療法が確立される可能性があります。「後の世代の同じ病気で苦しむ人たちに希望という贈り物をする」という意味がこめられています。
ブレインバンクは日本でこの運動を広げるために「Gift of Hope」をロゴマークに採用しました。


 

今回の講演はかなり自分と関係がありますが、同じ日に地元で用事がありますし無理そうです。

うつ病などに若くして罹った場合、生命保険に断られることをご存知ですか?死ぬ恐れが高いからでしょう。自分は約21歳で罹患しました。その頃国民年金でさえ学生は必須でなかった頃で、払えないときでも「猶予」をしておいたことで障害年金受給につながりました。生命保険に入ってから病気になった場合は保険金払われるそうですね。

わたしは後にもっと厄介な双極性障害と分かり、それまでも献血ができなくなったり、骨髄バンクも献体もそもそも無理など、もともと自分の存在に対し役立たず感が強いのに、何にもできなかったのです。うつ病なら再発もあり得るけど治ることもありますから、献血とかなら。わたしの病気は一生のおつきあいです。肝臓に負担がかかることから3年ほど前に断酒もしましたがもう慣れました。

唯一、わたしのような疾患の患者が死後のため登録しておくと非常に感謝される可能性が高いのがブレインバンクです。名前の通り、脳を寄付します。足りてないらしいので。

本当に参っていたときに書類を取り寄せたことがあったのですが、家族の承諾が取りにくいというか、ちゃんと話し合ってくださいとのことでした。落ち着いているときに話し合っておけばいいかもしれないですね。

一般向け講演会なので患者さんやご家族にもいいかもしれないし、身体の病と精神の病は既に垣根がなくなっているのに、当事者以外の翻訳者さんには精神科に弱い方が多い印象があるので、そういう方にもいいかも。もちろんごく一般の方にも。翻訳者さんレベルのは、近いうちに9月末の学会(神戸)をご紹介しますがプログラムだけで頭から湯気が出そうです。

登壇者のうち、加藤先生の本は2冊ほど読んでレビューしました。また新しいの(脳関係)最近出てるようですね。脳科学とか簡単に言いますが、あんな複雑な臓器が他にあるんだろうか……。いろんな先生が病気の原因を必死に探っています。

この日が都合付かなくとも、「講演会のお知らせ」ページがあり認知症なども扱っています。

http://www.brain-bank.org/study/lecture.html

国立精神・神経医療研究センターは精神科治療の親玉みたいなところなので、どんなところなのか一度見てみたいなと思っています(自分がお世話になることはないと思うけど見学がてら)。また機会を見つけます。

#同センターつながりで、今NHK Eテレでは「#8月31日の夜に」という3分ほどの予告番組を放送しています。長期の休みの後には色々な理由で不登校になる子供たち、追いつめられる子供たちが出るそうで、彼ら彼女ら向けの特番を複数回やるそうです。

大学で面倒な目に遭ってGW後から全く学校に行けなくなった過去があるので(既に病気レベルだった)気持ちは多少分かります。福祉番組ハートネット、よかったら見てみてください。

 

 

 

神岡へ ジオスペースアドベンチャー(GSA, 2018/07/14、飛騨アカデミー企画)その1

ヨシダヒロコです。

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飛騨の素粒子物理施設に興味持って7年、小さい頃の学校遠足で通りかかって以来、2016年に再訪しました。とても素朴な街です。それから数回行っています。

ジオスペースアドベンチャーは初めて抽選に通り、今年はスーパーカミオカンデが改修中で建物の中に入れないからか、今までで初めて定員割れをしたそうです。スーパーカミオカンデのタンクの中は外からカメラで見られる予定でした。ちなみに前のポストに書いたように、秋の一般公開は今年見送りです。わたしは行っておいてよかったのかも。

普段の一般公開なら午後は混む(当選できない)ので、土曜日曜の朝9時を第1第2希望にして土曜に通りました。実は誰か行く人いるかなと2人分申し込んだのですけど、知り合い当たっても日曜でないと駄目な人ばかりで、無駄になったのが残念でした。前泊の宿は神岡唯一のビジネスホテル(電話のみの予約)。

直前の大雨で高山線には不通区間ができてしまいましたが、前日に「予定通りやります」とHPに出ました。浜松ホトニクスの方の講演が14日夜に行われることが分かり、もう帰ってしまっている時間なので残念でした。

飛騨アカデミーの催し物案内。

https://gsa-hida.jp/archives/707/    (アーカイブ

13日は放送大学(物理3科目に苦労していた)の試験を半月後に控え、身体の調子がよくないので主治医には休むように言われており、折からの暑さでへたばってもいました。なので忘れ物を複数回したりマヌケなこともしましたが、趣味と実益(大学院に行けたら論文のネタにする)を兼ねてよい経験になりました。来年もまた申込したいです。

富山駅前から午後の特急バスに乗りました。わたしは障害者割引ですが、そうでなくても1300円くらいなので、一本で行けるということではJRより便利です。教科書は珍しくバス酔いで読めず、タブレットをいじるくらいしかできませんでした。あと少し写真撮ったり。国道41号線一本のようです。

1時間で到着。日暮れまでまだ間があり、高原川があまりに綺麗なので近くまで行けないかとうろうろしていたら、偶然禅寺に行き当たったのでお参り。

 

6時頃に宿に行きました。その時から感づいていたのですが、翌日確かめたところ、前に来たとき気に入った居酒屋は閉めたとのこと。コンビニは近いので教えてもらい、歩いていたら前に来たとき行きたいと思ったことがある神岡ラーメンの八兵衛さんがありました。あんまり食欲なかったので、ここの優しい味のラーメンはありがたかったです。高山ラーメンは富山にもあったはずですが、味が違うらしいです。しかも600円とか700円とか良心的すぎで(2018/07月時点)。ダシは鶏ガラと何かと聞き、片方忘れました。

 

以前、古川町のお弁当屋さんのおばさんに「スーパーカミオカンデ見にきました」と言うといきなりばーっと喋られたことがありました。神岡周辺には今でも「梶田先生、おめでとうございます」という張り紙やのぼりみたいのがあり、梶田先生は町おこし?といい意味で思ったりしました。右の写真は八兵衛さんとは違う店です。

短い夜の散歩から帰ってダラダラ岐阜のTVつけましたが、勉強する気にもならず、毎晩必要な眠剤の一部を忘れてきて眠れず大変でした。だいぶぼんやりしてたと見えます。

普段からみると上出来過ぎる時間に目が覚め、パンとコーヒー片手に、ロビーの丸テーブルにいた2人組のおじさんとおしゃべり。現場仕事(神岡鉱山含む)をいろんな土地で請け負っているらしい。関西弁の方のおじさんは、もう言葉が混ざってしまって分からなくなったと言いながら、『半分、青い』のキムラ緑子さんの言葉が「いい加減に喋っとる」と見抜いてました。神岡で道なき山道を仕事で行き、「本当にこれ道ですか~」「道です~」そのうち熊の爪痕と血痕があってうわあとなった、みたいな話も。お疲れ様です。うちの近所にもたまーに出てニュースになります。

チェックアウトしてまた高原川を見ながら、これでもメインストリート(下写真)を通って、毎回イベント集合場所になる神岡振興事務所へ。売店が盛んでしたが、写真撮りそびれました。受付して、まずはカミオカンデの跡地を使って観測している、東北大学カムランドの院生の方のお話。J-PARCなどのブースも出ており冷やかしながら、次はいよいよ久しぶりの鉱山の中です。

 

東大レゴ部のお仕事、やっと見られました。

 

2018-07-14 09_Fotor

しおりには東京の冬くらい寒いと書かれてました。今回は今までになく坑道を2時間も歩いたので、わたしのUV防止パーカー(夏用ともいえる)+登山用アンダーTシャツは、後者は薄くても暖かいのですが全体的にはちょっと薄く、ジャケットくらいあってもよかったです。後はハイキングくらいの容量のリュックに、絶対忘れちゃいけないのがこれです。忘れても会場に売っています。

sdr

 

~ヘルメットかぶってその2に続く~

サイエンスZERO特別編!『575でカガク ニュートリノ』(2018/08/19, 再放送25)&秋のスーパーカミオカンデ一般公開見送り。

share_temporaryヨシダヒロコです。

(2018/09/27追記:サイエンスZEROはNHKオンデマンドで見られます(有料)。いつもと客層wが違ってて、見逃した方が多いようですね)
http://www4.nhk.or.jp/zero/7/

スーパーカミオカンデが見られないかという検索が多いようですが、もともと一般公開でもタンクの上で説明を受ける感じで、タンクの中は水をいっぱいにして観測中のため見られません。例外は天皇陛下くらいです(ふたを少しずらして中を見て頂いた)。

今年は例外的に12年ぶりにふたを開けて水も抜いて改修工事をしています。7月のジオスペースアドベンチャーに行きましたが、中に入れないとのことで初めて定員割れしたらしい。

恐らく飛騨アカデミーの夏の『夢のたまご塾』に選ばれた子や(HPでは全員は見られないかもとある)、他にごく限られた人は工事中の中に入っているようです。

おっさんもワクワク、スーパーカミオカンデの超純水タンク内部が12年ぶりに公開 (1/3)


レポ:スーパーカミオカンデのタンクの中!

今回、サイエンスZEROで俳人の夏井いつきさんや神岡の施設長である中畑先生(26日に富山で講演する方。昨日応募締切でした)をゲストに迎え、夏井さんを施設に案内して俳句詠んでもらうというのがあるようです。今までにあまりなかった試みです(リンク放送後アーカイブ、俳句含む)。

そういえば、わたしは特に俳句詠んでる訳ではないですけど、『俳句王国がゆく!』(リンク アーカイブ)というNHK松山局制作の番組が6月に飛騨市に来ました。お題のひとつがスーパーカミオカンデで興味深かったです。リンク先に詠まれた句がすべてあります。

サイエンスZEROは、NHKの回し者ではありませんが、昔の放送からオンデマンドにあるので見逃した方もどうぞ。

好きな動画など貼っておきます。

FacebookのSuper-Kamiokandeより、同じ日に他にもあります(下のTwitterと同じものアップしてるような)。

あと神岡のイベントでも配布されていたICRR Newsはここからダウンロードできます。特に写真が素晴らしいです。102号です。

http://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/cat-icrr/

最後にこれ書いてるときに、宇宙線研究所のあのツイート……とか探してたら、最新のツイートがこれでした。

工事が大変なのかな。生まれ変わってバリバリ観測してくれることを楽しみにしています。