フェレットミントがお空に行きました。

ヨシダヒロコです。

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2018年1月25日、大好きなベッドの上で。

 

ペットは子供の頃から色々飼っていますが、15年ほど前に自分のフェレットを最大で2匹(お友達がいる方が喜んで遊ぶから)うちに置くようになって、今回なるたけの看病をしました。12月16日に複数の臓器が深刻なことになっており、ほとんどどうしようもない、あとは楽しく最後まで過ごさせてあげるだけということが分かりました。そこから悲しいながらも責任重大な、「おかあちゃん」としての看取りが始まりました。

普段はいたちに向かって自分のことを「おかあちゃん」などと呼んでます。

腎臓が特に悪かった(腎不全)ので、獣医さんからの指示は水は沢山飲ませる(うっかりすると脱水症状になります)、ごはんは質のいいイースターフェレットセレクションプロシニア(イースターのHP)がお薦めなど。このフードは分包になっていて新鮮さを保つことができ、基本的にはお店とか獣医さんでしか売ってません。「プロ」はたしか通販では本来出してないらしいです。

ミントは温かい子猫用ミルクやバイト、それまでもあげていたレンチンした鶏むね肉(12月末に生温かいのが好きらしいと分かり、朝軽く温めてあげてました)が好きで、ごはんは食べるの少しだけでしたがもっと早くあげてたら良かったです。妹のりりはもう4才になるので、フライングでシニアご飯をあげることにしました。いまでも美味しそうに食べてます。

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粉ミルクでもいいらしいですね。アイソカルは人間用です。

他に電解質の点滴(皮下注射)を一番薦められて通い、大雪で車出せなかった日もよくあったので大変でした。最後の方は大雪のこともあって、ポカリスエットを栄養補給がてら2.5mlシリンジ(SBSさんで買った)であげてました。腎臓疾患なら栄養も足りないので有効だと言われました。アクエリアスは良くないそうです。途中までミントは結構馬力があって、うちで注射したらフェレットは腰の骨とか折れる危険性があったので通院してました。だいぶ抵抗できなくなってきたから自宅で点滴する?と先生に言われた矢先に体調が悪くなりました。

もし腎臓の機能が良くなったら、造血ホルモンが出る臓器なので貧血が改善する期待もありました。気がつくとピンクの鼻が真っ白で、歩くの辛かったのではないかな。腎臓悪くておしっこを作れないのでアンモニアを代謝できず、サプリ扱いで活性炭が出ました。ある時点まではミニ哺乳瓶みたいな容器で喜んで飲んでました。水だと思ったのではないでしょうか。活性炭でアンモニアを吸着して、しばらくですがわりと状況を改善してくれ、元気が出て点滴の時に大暴れするように。健康だったときのように脱走してイタズラもしました。体が動けば「おいで」といえば走って付いてきました。2匹して。

犬猫用の免疫サポートも前から味を覚えさせておいたのですが、どちらかというとりりが好きで、ミントが残したらあとはりりにあげてました。獣医さん曰く免疫サポートの方がお薦めとのことでしたが、普段は好きなミルク(大雪で猫用がなければ臨時で牛乳でも)をあげました。シリンジ大活躍で、カリカリを溶かしたミルクを飲ませたりしていると、本当にお母さんになったようでした。免疫サポートは雪がひどかったあたりにまとめて買おうとしたのですが、今冬は宅急便が機能しないことも多く、別の店で数を少なくして買って届いた頃にはもう食べ物受け付けなくなっていました。

好きなことをさせてあげようと夜は一緒に寝ていました。布団がほかほかすぎて脱水症状になっていました。「お腹が空いたよ」と、朝寝ているわたしの髪をなめて起こしに来たことも2回ありました。そんなことされたらすぐに何かあげてしまいます。トイレもベッドの下どこでもできるようにしてありましたが、弱ってきて、下に降りなくてもいいよとペットシーツを上に敷いてもとても几帳面で不憫でした。

小さい動物が食べ物受け付けなくなったら早いですが、この子の場合は終わりが2日間ほど。2月17日はもう少し動いていて、でも食べなくなってきて、18日は危篤でした。土日とほとんどそばにいました。暖かいものでくるんで膝に置くとか。18日日曜の夜、いよいよ苦しそうになってきて、歯を食いしばってわたしのカーディガンの中に敷いたペットシーツに少し血がにじむくらいでした。静かに荒い息をしているので、何もできないけどと暖かくくるんで好きなわたしのベッドの上に置いて、手枕してあげました。手が痛かったりして少しのけると、もう時間の問題というミントが首をもたげるのです。多分、「もっとしてよ」と言いたかったのだと思います。

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2018年2月18日。亡くなった夜のまだ昼間。ニットはわたしのカーディガン。

夜11時頃、トイレに行こうかどうか迷っていたら急に苦しみ出し、そのまま亡くなりました。

まだ意識がちゃんとあるうちから話しかけはしていました。苦しそうになってからは、わたしがなんか言った方が良いかなと思って、いろいろと。りりもお兄ちゃんをあちこちなめてくれました(亡くなってすぐにもです)。

この子はうちに来て良かったと思ってたのかな。わたしは来てくれて楽しかったけど。動物は口がきけないから、もし話してくれたらもっとして欲しいことが分かっただろうし、お互いをどう思っているか分かっただろうに何か切ないですね。わたしの訪問看護師さんにはフェレットが大好きな方がいて、わたしがシリンジでミルクあげるところを見て「人間向けにはない技術だ……」と言っていました。

ミントはぱーーっと明日もないように駆けていって、夜、階下の混み混みしたところに入ってしまい出てこなかったり、迷子になってうちに来たのに下手したら外に出て行ってしまいまた迷子になるところだったこともありました。お姉ちゃんフェレットがなくなってしゅんとしてわたしと一緒に毎日寝ていたことがありました。その後りりが来て大喜びでした。腸閉塞で死にかかったことがあり、ブログに書いてありますが奇跡のように治りました。あのとき、2年ちょっとの命をもらいました。去年の夏にはキンチョールかけまくって死んだゴキを食べてしまったっけ。クリスマスに1人と2匹でチキンを分け合って、いたちたちに喜ばれたのも思い出です。

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2013年8月19日。うちにきて1年、およそ2才。フェレットは暑いの弱いので。

今回は埋めるのが忍びなく火葬したので、骨になってしまいましたがそばにいます。ほとんどが本当に細かい小さい骨でした。ひげとか火葬したとき出てきた犬歯とかは取ってあります(霊場でお守り袋があって買いました)。お葬式は生きているもののためにあると前から思っていたけど本当にそうで、少し気持ちが和らぎました。最近は形見を入れるペンダントまでありますね。

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春の花、これはお供え用で濃いピンクのなでしこも入ってます。一緒に買ってきた花でミニ花束を作ってお棺へ。

亡くなった後の顔は本当に安らかで、その前に本人にも言っていたのだけど「もうすぐ苦しくなくなるよ」と。でも写真の整理などしていると、まだ若くて毛もつやつやで元気いっぱいで、あの姿はもう帰ってこないのかなあと思うとさみしいです。享年はおよそ6歳半です。

化けてきてもらうのは、今までのフェレットや猫も同様大歓迎です。

残されたりりは、できたら4才になる前に血液検査をかっちりします。今回これが一番の後悔だったので今後は同じようなことがないようにしたいです。あとは50mlのシリンジは大きすぎるので、5mlとか10mlのを揃えておきましょうかね。

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