『ロスト・イン・トランスレーション』(2003)を見ました。

ヨシダヒロコです。

しばらくぶりに、少しですが仕事が来てバタバタしています。トライアルも受けているのですが化学でまで連敗でした。そこにSDSの要素がある仕事が来たりしてほっとしています。

時間のある間、トライアル以外は読書(いや時間があるといいですわ)・イタリア語検定の勉強に集中・放送大学・映画(DVD・BS)・MOOCなどで過ごしています。そのうち書ける話題もあると思います。

ソフィア・コッポラの『ヴァージン・スーサイド』を昔見たことがあって、連続自殺をすごく甘美に描いていたので正直なにこの人?と思い、『ロスト・イン・トランスレーション』は評判でしたが長く見ていませんでした。

トレーラーの下には「この映画を見て東京が大好きになった人は沢山いるんだよ」という温かいコメントを日本人がかけてもらっていました。

翻訳や通訳をしていたり、言葉を使う仕事の人、興味のある人はどうやって異言語間のディスコミュニケーションが起こるかがよく分かる作品です。あと東京が外国人の目にどう映っているかの一例。Googleで”Translation”という言葉でアラートを作っておくと、”Lost in Translation”という記事が出てくる出てくる、なのです。

ディスコミュニケーションが起こるのは、例えば通訳が全部訳してないとか。主人公のひとりボブ(ビル・マレー)はアメリカの俳優でサントリーのCMを撮りに東京に来ていますが、東京になじめず1人で夜も眠れずにいました。通訳が入った撮影場面では、「フィーリングで!」的にヤケにノリのいいディレクターが良くドラマとかでいますが、その典型をダイヤモンド☆ユカイ(元はロックバンド・レッドウォーリアーズのヴォーカル、本名・田所豊)がキレながら演じていました。ボブは何を指示されているのか分からず戸惑うばかり。英語版Wikipediaにはこうありました。Directorの言葉は長すぎるし感情的すぎて、それが通訳により短くされてしまう。グラスを持って「昔の友達に会ったときのように」フレーズを言ってと言っているんですが、通じてないしダメ出しが出るし。ボブには「もっと喋ってるんでは?」というような字幕が付いていました。

Wikipediaの筆者によるとこういうのが『ロスト・イン・トランスレーション(翻訳により失われる)』で、こういう箇所が何カ所かあると。ここが一番目立ったかな。

Over the course of the film, several things are “lost in translation”.[4] Bob (Murray), a Japanese director (Yutaka Tadokoro), and an interpreter (Takeshita) are on a set, filming a commercial for Suntory whisky (specifically, 17-year-old Hibiki). In several exchanges, the director gives lengthy, impassioned directives in Japanese. These are invariably followed by brief, incomplete translations from the interpreter.

Director (in Japanese, to the interpreter): “The translation is very important, O.K.? The translation.”
Interpreter (in Japanese, to the director): “Yes, of course. I understand.”
Director (in Japanese, to Bob): “Mr. Bob. You are sitting quietly in your study. And then there is a bottle of Suntory whisky on top of the table. You understand, right? With wholehearted feeling, slowly, look at the camera, tenderly, and as if you are meeting old friends, say the words. As if you are Bogie in Casablanca, saying, ‘Here’s looking at you, kid,’—Suntory time!”
Interpreter (In English, to Bob): “He wants you to turn, look in camera. O.K.?”
Bob: “…Is that all he said?”[5]

お姉さんが夜に歌うホテルのジャズバーがあるのですが、そこでボブはシャーロット(スカーレット・ヨハンソン)に出会います。彼女は大学を出たばかりでこれから何をすればいいか分からない、結婚していてカメラマンの夫の撮影で日本に来たけど、日本になじめてないし眠れないし、結婚もこのままうまく行くか分からない。ボブも妻や子供が面倒になるばかりで(よく分からない電話がかかってきます)どうしていいのか分からない、そういう2人が東京で出会って、人とつるんでカラオケしたり楽しい時間を過ごすという話で、Wikipediaにラブコメディとあったけど、えっそうなの??と思いました。

この映画の中の英語を話す日本人が信用できるかというと、なんだか見ているわたしからも距離を感じましたし、人のことは言えないけどLとRの区別が日本語にはないのに英語にはあるのでラリルレロの発音で話すと面倒なことになったり。病院の場面もあったんですが日本語が分からず通訳もいないと、外国人は「大丈夫ですよ」と医者が言っても分からなくてすごく不安なんだな、と。ボブのふたりめのカメラマンは英語でいろいろ指示したり「いいねー」と言いながら撮っていて、比較的問題なかったんですが、LとRの問題があったようです。

昔々、わたしもイギリスに短期で行ったときに旅行会社の人が早く喋るので「もうちょっと遅く」と言いたかったのにあがって言えなくて、「お手上げ」ポーズをされたことがありました。当時英検準1級を持っていましたが、だからわたしは英検はあまり信用しません。LとRがちゃんと発音できているかも分かりません。

映画の話に戻ると、シャーロットがひとりで京都に行き、白無垢の花嫁さんを見たときの方が言葉よりダイレクトに何かが伝わっていた気がします。他に東京の街並みの撮り方で外国人目線ではなにに興味を持っているのか分かります。2人が回るスポットで、言葉ができる人が付いてたらもっといい経験になっていたのでは、というシーンもありました。

ちなみに、前回の投稿で書きましたが、イタリア語検定の後1時間アテンドする成りゆきになったイタリア人カップルのうち奥さんの方にも着物のこと聞かれました。「結婚したときに揃える人がいて、子供の入学式の時とかに着るんだけど最近はあまり。でも古着が流行ってて。着物着ている人はいるよ、富山にも金沢にも」みたいに(下手くそですけど)答えましたが、その後金沢の古い街並みで白無垢の花嫁さんを見ることができたようで、よかったです。外国の方には中古の着物をガウンに仕立てたら良さそうですね。特に男性には丈が足りるかな?

この映画の感想としては、言葉に関わっている人や興味がある人(自分も含め)は言葉を大事に、でも言葉なしで伝わるものもやはり大事にしましょうね、といったところでしょうか。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中