『おやすみ、リリー』(スティーヴン・ローリー著、越前敏弥訳)ハーパーコリンズ・ジャパンモニター本読了(2017/04/06、発売前に書籍情報を追加)。

Duchshund

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Photo: Dachshund by Tam Tam  https://www.flickr.com/photos/strollers/137518470  Creative Commons 2.0

2017-03-24 01_Fotor

ヨシダヒロコです。

こういう試みに参加するのは初めてですが(あまりない気もする)、応募に通ればサンプル本(ゲラ本)がもらえて、読んで感想を書けば発売時に本とオリジナルグッズがもらえるというもの。応募が人気あって、急遽枠が広がったとか。

わたしはこのタイトルと同じ文脈で「おやすみ」を見たことがあるような気がしますが、原題は”Lily and the Octopus”、著者は全くの新人で自伝的な本です。リリーは偶然うちにも似た名前の(りり)フェレットがいますが、12才のダックスフント。老犬と言ってよいそうです。

わたしは小さい頃にいろんな動物や虫や植物と接しました。それが今の自分をつくっているとも言えますが、その頃は野良犬がまだいて、一度大きな犬に追いかけ回され(怖くて走ってしまった)結構大きくなるまで犬が怖かったのです。たぶん大学生の頃くらいでしょうか、家庭教師のバイトをし、就職し損ねてまた再開し、犬を飼っているお宅に多く行きました。ワンワン吠えるから何かと思ったらしっぽ振ってたりとか、前足2本でわたしの足をつかんで放してくれない犬とか色々いました。その頃は猫がいたから、匂いがしたのではないのかな。

今はフェレットの飼い主として、犬と一緒に獣医さんで順番を待っています。わんこの飼い主さんの中には「それはどういう動物か、何を食べるのか」と質問してきたり、わんこからもわたしやいたちがラブコールを受けることもあります。今思い出しましたが、リリーのような老犬を恐らく調子が悪くなるたびに獣医さんに連れてきているオーナーさん(年配)に会ったことがあります。今では、猫の最初のうちの用心深さも可愛らしいけど、犬やフェレットの最初から開けっぴろげなところもどっちも好きです。

20日の夜に読み終わり、思った文章をさくっと書いて出しまして、越前先生のところに皆の膨大なファイルが行ったそうですが、FBで「ツボが人によってこんなに違う」と書いていました。今わたしが書いていることはモニターで出したのとはまた違っています。

この本にはなぜか「タコ」が出てきて、リリーを苦しめたり弱らせたりするのですが、本の最初の方で誰かが「それって……」と何か言いかけるのです。それで何の病気か分かる人は分かるかも。わたしは分かりました。若いときにもリリーはダックスフントの純血を守るために(多分交配の関係?)遺伝子が弱く病気になってしまい、主人公をハラハラさせます。大手術になってしまい、アメリカでは獣医代もシャレにならないのだなあとつくづく思いました。

ペットとは言葉も通じないし、苦しそうなのに原因が分からなければ飼い主はオロオロしてしまいます。例え相手が人間であっても、たぶん素人のできることなんて限られているんでしょうけど。恋人と別れた主人公にはリリーがほとんどすべてなのです。何をするのにも一緒だった犬がもしいなくなったら。

うわーと胸がいっぱいになったのは、リリーの別の呼び方がずらっと列挙されたページが突然ありまして。ペットを飼っていると、呼び名が増えるんです。うまく言えないですが、違う名前で呼びたくなってそれが増殖する。ペットの方も何となく自分のこと呼んでる?と分かっているような感じで、もうリリーの場合はそもそもこれは犬ですかというのまで入っていました。

リリーは話すのですが、こんな感じ。  「あなたが!なめてる!ふんわり!したもの!なあに?わたしも!なめたい!わたしにも!なめさせて!」 なんだか、目がくりくり、まん丸でしっぽ振りまくって、というのが目に見えるようで微笑ましかったです。病気しながらも1匹と1人の生活は続いていきます。  「ぼく」がマッチングサイトで恋人候補に会ったとか、会ってみてやっぱりダメだったとか、大好きな親友と飲んだり、あまり出来がよくなさそうなセラピストにかかったり、仕事がぜんぜんなかったり。わたしもフリーランスなところは同じだし、等身大に書かれたゲイの男性の生活は親近感が持てました。

それでも病は去ってくれなくて。わたしもいろいろ病になったり亡くなったりしたペットがいて、年なのは分かっているけど何とかならないだろうかと、客観的にはもう手立てはないのにジタバタした経験があります。この小説は老犬とさようならするというラストは最初から見えているんですけど、そこまでがユニークなので、ありがちなお涙頂戴にはなっていません。

ペットは小さな動物ですが、命についてかなりたくさんの(人間並みの)ことを教えてくれます。作者不詳の『虹の橋』(“Rainbow Bridge”)という詩がもともと英語であるんですけど、一言で言うと死んだペットと飼い主はあの世で再会できるという話です。日本語にも色々訳されていて、スペイン語にもなっているのを確認しましたから、相当広く知られているのではないでしょうか。ペットが逝ってしまう過程でなにか深遠なことを考えてしまうこともあり、この本にもあります。死とはどこから始まっているのか、生まれた瞬間か、受胎かも、とか。

動物を沢山飼ったからといって看取りには慣れません。今いる子たちには大往生して欲しいです。

これを読んで、「うちの子を大事にしなきゃ」と思ってくれるオーナーさんや、今は動物と暮らしていない動物好きの人が何かを感じてくれたらいいですね。それに、昔『吾輩は猫である』を書いた夏目漱石の猫はどこからか迷い込んできて神経衰弱の漱石を慰めてくれ、出世作のモチーフにまでなったことをふと思い出しました。リリーだっていなくなって後も飼い主に幸運をもたらしているのかも。

発売は4/15です。
(2017/04/06 20:51追記:各書籍サイトに情報が出たのでリンク張ります)

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