伊藤計劃デビュー作「虐殺器官」を読んで。

ヨシダヒロコです。

イタリア語検定の追い込みの間、夜寝る前の楽しみは、この本を少しでも読み進めることだった。早く読み進めたい、だけど残りページが減っていくのはもったいない、そんな相反した気分だった。昨日読み終わり、試験疲れもあって惚けたようになっている。こんな本は、とても珍しい。久しぶりに本に夢中になった。

話は昨年初夏に遡る。

総合病院で命には関わらない大したことない検査を受けていたわたしは、待ち時間に「こころの科学」(日本評論社)を読んでいた。精神科関係の雑誌で、連載を特に楽しみにしている。特に、SFに強い精神科医であり、評伝「島田清次郎 誰からも愛されなかった男」の著者でもある風野春樹先生の、連載「精神科から世界を眺めて」を読んでは、SFに詳しくないわたしは興味を持った作品を買い溜めていった。

2013年5月号、169号「職場のうつ」号では伊藤氏の「ハーモニー」を取り上げていて、たった2ページの評伝を読み終えたわたしは病院の廊下のソファで呆然とした。

今回デビュー作からということで「虐殺器官」を買ったのだけど、以下、引用(p112-113)。

作家としての活動期間は2年にも満たない。オリジナル長編は2作きり(ブログ主注:注を後に付す)。しかし、彼はそれまで国内に閉じていた日本SFを、一躍世界文学へと押し上げたといってもいい作家なのである。

ただ、それだけであれば、別にこの連載で取り上げる必要はない。伊藤計劃という作家が特異なのは、デビューした時点ですでにがんを患っていたということである。彼の遺したすべての作品はがんとの戦いの中で書かれ、そして濃厚な死の影を漂わせている(どの作品もSFとして昇華されていて、自己の体験を直接反映させるような無粋なことはしていないが)。

最初に右脚の神経にがんが見つかったのは2001年夏だったそうだ。その後、手術と薬物療法で一旦改善したものの、2005年6月、両側の肺に転移が見つかり、7月に肺の一部を切除。2006年4月に抗がん剤治療が一段落したあとに書き始めたのがデビュー作となる『虐殺器官』だった。

(注:遺作『屍者の帝国』が盟友である円城塔によって引き継がれて出版されている)

こころの科学169号:職場のうつ日本評論社2013-04-25

by

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この著作は、9.11以降変わってしまったアメリカを基盤とし、一人称で語る「ぼく」は米軍大尉、特殊部隊のクラヴィス・シェパード。アメリカやヨーロッパは徹底的な「認証」などで個人のIDを特定・追跡し、テロはなくなった。ある都市が核兵器で消えたが。一方途上国では内戦が起こるようになり、それを操る男はMITで言語学の研究者であった、ジョン・ポールだった。クラヴィスはジョンを追ってあちこち作戦に出向く。その先々に死体が待っているのだが、クラヴィスはただ殺す。感情を鈍麻させ、痛みを知覚しても痛いとは感じない処置をカウンセラーにより施されて。結局ジョンの狙いは何なのか。彼が途中で語る「虐殺の文法」とは何なのか。

という感じがあらすじである。初頭から残酷に殺された子供が出てきたりするので、そういうのが苦手な人は読まない方が良い。わたしはもともとキングなどのホラーに慣れていて、今回も読んだ後に寝ていると、夢で身体のパーツがあちこちに転がってそれが会話したりしているのを見たりした。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)伊藤 計劃早川書房

2010-02-10

by [Z]ZAPAnetサーチ2.0

あとがきによると、伊藤氏の文章を「繊細だ」と評した人もいたようだが、わたしは「美しい日本語だ」と感じた。こういう日本語に接するのは、自分の文章力を上げてくれるかもしれない。ただ、繊細だと言われればなるほどそうかもしれない。

気に入ったところを何カ所か隅を折っておいたのだが、例えば

ピザ屋がピザを作るように、害虫駆除員がゴキブリを駆除するように、戦争もまたある立場からは、民族のアイデンティティーを賭けた戦いでも、奉じた神々への殉教でもなく、単なる義務に過ぎないのだ、とDIA(注:国防情報局)の話を聴きながら、ぼくは考える。業務であるから、予算を立てることもできるし、計画することもでき、業者に発注することもできる。戦争はもはや国が振るう暴力から、発注し委託されるものに成り果てた。(p87)

風野先生が上で指摘しているように、作品は行くところ死だらけなのだ。大きな病気、命が絡むものに長期間かかると誰だって価値観が変わる。わたしは伊藤氏が34歳で亡くなったことを先に知ってから読んだので、こういう筋立てになるのも分かる気がした。だが、作中に自己憐憫などは一切ない。わたし自身、「重病人には闘病記を書くほかにこういう方向があったのか」と考えさせられた。

伊藤氏の作品は、風野先生がお薦めしていた「ハーモニー」、そして「The Indifference Engine(絶筆となった「屍者の帝国」冒頭が入っている)、あとは「伊藤計劃記録」「伊藤計劃記録:第弐位相(ブログなど)」、ゲームのノベライズ1作のみである。大事に少しずつ読まないと……。「屍者の帝国」は円城本と一緒にまた買おう。

冒頭に上げた風野先生の評論にまた戻るが、わたしも似たようなことを考えた(読んでから時間が経っていたので、一旦読んだ内容は忘れていた)。

すでに伊藤計劃論はいくつも書かれているが、あまりに当たり前すぎるからか、彼の病と創作の関係を掘り下げたものは少ない。たぶん、文芸評論家というものは基本的に作者個人から離れたテキストと向かい合うものなのだろう。あまり作者の個人的な経歴や病に引きつけて語ることをしたがらないようだ。だからこそ、医療者としては、あえて「病人」としての伊藤計劃に注目してみたい。もちろん、病があったから傑作を書けたなどと言うつもりはない。それは彼の才能を貶めることになる。しかし、病がなければ、彼の作品は別の形を取っていたことだろう。(p113)

優れた作家の条件とは何だろうか。売れるに越したことはないが、売れてもくずのような小説を書けばいいとは思わない。たぶん、読んだ人の心に長く記憶を残すような、そういう作品を、もし寡作であっても書ける作家。

優れた文章を書くとは何だろう。わたしの仕事にも関わってくるのだが、最初に必要なのは「書くべき何か」(モチーフ)を持っていること。自分に創作ができないと思うのは、思うことがいくらあってもフィクションの形にうまく持って行けないのだ。その辺はどうも、向き不向きのような気がする。伊藤氏は才能に恵まれ、病を押して何十枚も書く(と、あとがきにあった)気力も根気も、勤勉さも持ち合わせていた。沢山の文章にも接していたのではないだろうか。SFに詳しい人はネット知人に数人いるが、概して物知りで読書家だ。そして、わたしには大した宗教はないが、もし「神」がいるとしたら、その存在は伊藤氏に不治の病を与えた。そのことで確実に伊藤氏の書くものは変わったはずだ。絶望しなかったはずはない。だが代わりに彼は、それを創作への意欲に転化した。

思うのだが、わたしたちには彼の3冊の本が遺された。まだ1冊しか読んでいないが、残りの2冊も期待できる。そして、その本の著者に、あたかもスパイスのように「不治の病」という味付けをしたのは、天使なのか、悪魔なのか?

最後に、わたしの買ったハヤカワ文庫の奥付写真を貼っておく。40刷。まだ日本も捨てたもんではない。

IMAG3073

(2015/05/11追記:沢山の閲覧ありがとうございます。自分自身、20年以上命に関わる病を持っています。死ぬかと思ったことも何回かありました。上の「神」という表現に違和感を覚えた方もいるのではないかと思いますが、重い病が降りかかるとき、何か自分にはコントロールできない大きなものの存在を感じます。基本的には科学系の人間ですが)

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