「こころの科学」172号「暴力の心理」をざっと読みました。

ヨシダヒロコです。

将来は精神科の、特に症例報告が訳せるようになりたいです。

この「暴力の心理」、楽しみにしていました。楽しみと言っちゃ語弊があるかもしれないけど、何か新しいことが分かるかと思って。

まだざっとしか読んでないのですが、DVの項(2本)と兵士のPTSDの話は読んで、特に後者が印象に残りました。考えてみれば、兵士だって暴力の被害者です。前者については、加害者カウンセリングは(被害者を妻とした場合)加害者が三行半を突きつけられ、「カウンセリングに行かないと別れる」とでも言わない限り行くものではないらしい、ということが分かりました。

戦争のPTSDについて、忘れられない映画があります。「父親たちの星条旗」。昔書いたレビューはこちらです。

かいつまんで話すと、硫黄島を奪還して星条旗を立てた4人の兵士が新聞に載り、国債を集めるためと称して何回も何回も、旗を立てる「ショー」をやらされるという、イーストウッド監督の映画です。「硫黄島からの手紙」とセットになっていて、この映画で日本人俳優に日本語を使わせてくれたことはすごく嬉しかったですが、わたしには戦争の傷を引きずっていた祖父がいたので「父親たちの~」が他人事とは思えませんでした。

英語で失礼。日本語のは殆ど残っていませんでした。この中で、「本当のヒーローは死んで硫黄島に眠っている」と言っているのですが、生きて帰ってきてくれた兵士が何か語ってくれたりしてくれないと、後世のわたし達はまた間違いを犯してしまいます。

「こころの科学」では、兵士が受けたトラウマは実は時間が経過しても消えておらず、亡くなる間際になって「ジャップが攻めてくる!」と言い出したりするそうだと書いてあって、もう言葉が出てきませんでした。

先に話を出した祖父は満州に住んだ経験があり、なのに日中戦争に従軍することになってしまいました。銃弾が耳の横をかすめたこともあったそうです。大戦中は陸軍情報部に属し、戦争が終わってからは農民に戻りました。元々農民の出で小卒の祖父が将校にまでなったのはさぞかし努力したのだろうと思いますが、後になってさぞかし空しかっただろうと思います。孫のわたし達には、宿題で演習場の話など聞かない限り軍関係の話をすることはなく、スイカを一緒に取りに行ったりいい思い出しかありません。

祖父が言っていたことや経験は、すべて又聞きなんですが、こんなことも言っていたそうです。散々戦争についての本を読んだ後、「お国のため、天皇陛下のため、上官のためと思って戦ったことが空しい」と。

今日ちょっとした用で病院に行くんですが、兵士のトラウマの話はもう一度ゆっくり読んでみようと思います。

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