翻訳者何年目なのか分からない悩み。

ヨシダヒロコです。

他の方がおっしゃるのですが「今年でフリー何年目」。どうもわたしにはその辺がはっきりしないのです。はっきりしている人が羨ましいです。

開業届をまだ出していないというのもありますが。障害者控除など人と違うものが入って、申告できる売上が減るので、あと管轄の税務署がどうもわたしのような形態の納税者に慣れていないのかいろんなことを言うので。屋号はもうあるのでそのうち出しに行きます。富山にいる翻訳者は恐らく20人ほどでしょう。すごく珍しがられます。

便宜上わたしがフリーになったとしているのは2001年です。結婚が決まっていて、同業者である元夫に一緒にやろうと持ちかけられました。(それまでも少しは仕事をしたことはありました)それで仕事を辞めて翌年引っ越した訳です。しかし、最初から翻訳者志望の今思えばかなり困った人に振り回されてこっちが寝込んだり、波乱含みでした。仕事を手伝ったり、自分も受注したりしてしばらくはキャリアを伸ばしていきましたが、2年弱で家庭内がうまくいかなくなって、心因性の頭痛で全く動けなくなるまで追いつめられ、うつもあって実家に逃げ帰りました。

「一緒に仕事をしよう」と言った元夫は身体の動かないわたしに対し、調停まで起こして離婚を迫りました。あとに残ったのは病気(障害)とないお金だけでした。

身体がほぼ元に戻ったのは8年後ほどで、その間も仕事はしていましたが、収入は微々たるものでした。その間のことをフリーというのは抵抗があり、いまでも「ブランクあり」としています。

わたしは宮部みゆきの初期の作品が好きなのですが、「地下街の雨」という短編集があり、とても温かい作品が多いです。その中に次のような一節があります。「女性には、仕事と私生活が変な風にくっついちゃうことがありますよね」。これは不倫の文脈だったかと思いますが、そうでなくても本当にこういうことはあると思います。実際、バツイチ、再婚組の女性翻訳者さんは多めとわたしは認識しています。やっぱり、激務だからでしょうかね。

元夫には、翻訳者としては反面教師にしたいようなことも言われました。前にも書いたことがあるので省略しますが、まあ、パワハラみたいなものです。人を教えるときには、わたしも昔できていたかは自信がないのですが、ダブルバインドや自信を完全に砕くような発言は避けるべきだと思うのです。そういうことをやっていた人がのちに翻訳セミナーとか講師をしているのは人生の皮肉というか、笑うしかありません。

ある、似たような経験を持つ人が言いました。「勝てなくても、負けないようにしましょうね」。今は元夫のことに関してはほぼ無関心なのですが、言われた言葉は苦く蘇ることがあります。言った方は忘れますが、言われた方は忘れません。

元夫の期待を裏切って申し訳ないのですが、今日も少ないながら仕事があるので、もう少ししたらやります。

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