サイエンスカフェとやま第5回「天才科学者 レオナルド・ダ・ヴィンチ」(2013/7/7)潜り込んできました。

ヨシダヒロコです。

(7/10に追記を書き加えました)。

暑くなって外気温との差で頭痛がする中、5分遅刻しましたが日曜に行ってきました。主催は富山市科学博物館、会場は富山県立近代美術館です。演者は富山県立大准教授の神谷和秀さん。美しいカフェがあって、ラッキーなことにキャンセルが出たので、比較的前に座って、コーヒーとシュークリーム片手に聴けました(追記:抽選に漏れたので、当初は立ち見の予定でした)。

車以外なら、市電で行くのが一番便利でしょうか。こんな風に、2つの建物は兄弟分のように看板が立っていて、実際敷地も隣にあります。

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レオナルド・ダ・ヴィンチの正式名はレオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチで、diはofみたいな意味(だったと思う)、daは出身地を表します。セル・ピエーロの息子のヴィンチ村の出身のレオナルド、という意味で、なかなかの家には生まれていますが非嫡出子だそうです。生まれにはまだ謎があるそうですが、にこにこと「わたしは興味がないのでー」と交わされるのでみな笑ってました。とにかく、「レオナルド」と呼ぶのが正しいそうです。

会場の美術館の正面です。かなりお気に入りのスポットなんです。

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レオナルドの作った機械を復元したもの。膨大なメモや参考図書があって、それが時間中会場をぐるぐる回っていました。もちろん、美術品の図録も。

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これが頂いたシュークリーム。なかなか濃厚でした。実物は写真に撮りそびれ。

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会場をぐるぐる回っていた本たち。イタリア語→日本語対訳のものもありました(マドリッド手稿。一番上のもの)。

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カーテンを引いて、午後の日差しが入ってくるカフェの雰囲気。

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模型を片手に説明される神谷さん。

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模型については、図面通りに日本人研究者が作ってもうまく行かなかったものを、イタリア人研究者が「動くはずだから」とアドバイスしてくれ、動いた例が沢山あるそうです。例えば丸い棒に四角の穴を切るなどという難しいもので神谷一家総出で作ったものは、まず半分ずつに割って四角い棒に四角の穴を切り、貼り合わせてから、丸く削ったそうです(意味分かりますかね?)。

以下、メモっておいたレオナルドの言葉を書いておきます。今では当たり前のことも多いのですが、ルネッサンス期(550年前)の話ということで、特に理系の方々には結構参考になるのでは。

  • 「自然は自己の法則を破らない」。
  • 「自然の中に理法なき結果は何ひとつ存在しない。理法を理解せよ。そうすればおまえの経験は必要ない」(でも「経験の弟子レオナルド」とも言っているそうです)。
  • 実験をすること、再現性(追試)の重要性
  • ちょっとはしょってメモりましたが、「科学を知らずに実践にとらわれる人は羅針盤もなしに船に乗り込む水先案内人のようなもの」。
  • 「師を凌ぐ事なき弟子はやくざ者だ」。レオナルドは20歳そこそこにして絵画では師を断筆させるほどの腕を持っていたそうですが、目立った弟子は育てられず、代わりに同時代の人々や同業者に影響を与えたそうです。

レオナルドの文章には喜怒哀楽がほとんどありませんが、唯一それが見える例として、上で書いたイタリア語対訳の本にあった、

  • わたしはついに円の求積法を理解した。

きちんとメモってないのですが、ある祭日か何かの夜で、蝋燭も紙も尽きかけていたとありました。求積法自体はギリシャ時代からあったものだそうですが、自分で確認したかったようです。当時、積分がないため区分求積だったらしく(今では小学生さえ知っているのに)。レオナルドはラテン語などの学のある方ではなく、自分でもそれを分かっていて、天才と言うより努力の人だったそうです。

また、技術者としてのレオナルドですが、画家として大成する前に工房で鋳造などを手がけており、自分を売り込んだ手紙の下書きが残っているそうです。なので、科学者と言うよりはもの作りのための理論研究をした人であり、技術者としては今となっては普通なのでしょうが、同時代に似た人物はいなかったそうです。

翻訳の質問が出ました。

  • 「科学」という訳語はいつできたのでしょうか?

スライドは岩波の本を写しているのですが、当時の「科学」は日本の「科学」より広いそうです。日本では明治維新のころに入ってきたらしいという話になっていました。

休憩の間に、ブログ知人で日本語教師の奥村さんを見つけ声をおかけしました。高校時代の国語の恩師のご友人でいらっしゃいます。奥村さんがこのサイエンスカフェについて書かれた記事はこちら。わたしと神谷さんと一緒に撮った記念写真もあります。こないだの東京と服装が似てますが、色違いのワンピースです。奥村さん、NHKを初めとするメディアに色々質問を受けてすっかり人気者でした。

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さて、カフェは時間が押しに押して、美術館が閉まるまで続いたので、その日は何も絵は見られなかったんですが、科学博物館周辺の写真をば。緑が多く美しいです。あと、夏らしくこんなすごい入道雲が出ていました。

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帰りには、近くまで歩いて、「ラーメンエアーストリーム」でラーメンを食べてきました。新しいですがかなり人気のお店です。

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辛味噌ラーメンです。辛いの得意なので、最初からちょっと飛ばしました。オプションの味玉入りです。好みとしては立山の帰りに食べた魚介味噌ラーメンが好みなのと、20食限定のとまとらーめんや、これからだったら冷麺も良いですね。

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おまけ。2015年春開通予定の北陸新幹線工事中。上の写真は富山駅。こないだまであった気がするクレーンが消えました。下はそれより以前に撮って、今あちこちで目に付く高架です。

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次回のサイエンスカフェはそのうち告知しますが、富山県立大の「ダ・ヴィンチ祭」と連動して行われます。8/3です。

(7/10追記:せっかく「最後の晩餐」の絵のサイズを体感できるアクティビティがあったのに、書き忘れてました。神谷さんは実物見てこられたそうで。ひもで会場をぐるっと回れる大きさでした。サイズは4.6 m x 8.8 mです。「モナ・リザ」はまあ普通の大きさ)。

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