ジブリ系スペイン語アニメ「しわ」初日舞台挨拶つき観覧(2013/06/22)。

ヨシダヒロコです。

21日の深夜から23日まで東京に行っていました。翻訳学校のはしごのためです。

21日夜。富山駅北口にそんなに人が集まるとは知りませんでした。長距離バスが集まって、それに乗る人も多いです。雨が良く降ってました。

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眠りやすい席は取れなかったけど4時間半眠って、ぴかぴかに晴れた新宿に着。

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荷物をホテルに預けてから、スペイン語通訳である吉田理加さんとの待ち合わせ場所に向かいました。新宿バルト9です。映画館HPの地図には新宿駅南口から何分とありましたが、わたしは東口から行った方が分かったような気がします。迷ったおかげでパン屋さんでパンが買えましたが。

映画館の中。おしゃれでコンパクトなシネコンという感じです。

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初めてお会いした理加さんはSNSでもお目にかかっているし、イメージ通りの方で、字幕の方(たしか英語の翻訳者さん)などにも紹介され、短い間ですがお話ししました。なんで誘われたかというと、彼女がこの日舞台挨拶の通訳をしたからです。この劇場では内部は撮影禁止でしたが。

アニメは、老いた元銀行支配人のエミリオと、老人ホームで同室のミゲルの友情をベースにして、周りの老人やたまには家族も登場します。認知症やアルツハイマーがテーマです。予告編だけ見てもっと救いのない話を想像していたのですが、そうでもなかったです。舞台はガリシア、おそらくサンティアゴ・デ・コンポステーラ辺り、でもミゲルはアルゼンチンに住んでいたことがあるので、アルゼンチンのスペイン語を話します。”Che”も沢山出てきます。スペイン語は全部分かるとは言いませんが、平易で聞きやすいです。

映画オフィシャルサイト。まだ大都市での上映しか決まっていません。

予告編。ちょっと滅入るかも知れません。わたしも亡き祖母が長いことアルツハイマーでした。

映画本編は1時間半で終わり、お楽しみの舞台挨拶です。ジブリの森美術館の館長さんとフェレーラス監督が対話形式で進め、それを理加さんが訳すという形式でした。メモっておいたので内容を書きます。

・監督はマルコやハイジを見て育った。
・館長:世界各国の「ハイジ」のうち、スペインのものは原作に忠実に訳してあり、ジブリ美術館で以前展示を行ったときもスペインバージョンの主題歌を流したほど。
・監督:高畑監督に持ち込みをしたのだけど、高畑監督は知らない外国人にとても優しく、写真でしか知らない偉大な人に会うのは不思議な感じだった。帰りには道にまで出て送ってもらった。
・監督は「火垂るの墓」のようなアニメを本作で目指していた。
・館長:関係者試写会をしたら、高畑監督が「日本の皆さんにも見てもらいたいですね」とおっしゃり、それで決まったようなもの。ただそこから上映館の選定など道は長かった。
・監督:作業はドイツとフィリピンを遠隔地でまとめて行った。
・館長:偶然にも、かつて高畑監督はそのようなやり方でアニメを作っていた。
・今後の抱負を聞かれると、監督は「今はまだ何も考えていないが、映画を作るには2,3年の没頭が必要。『しわ』はある方から『やってみないか』とお誘いを受けたので、そのようなチャンスも待っている」とのこと。
・館長より「その時はまたジブリで」と言われると、監督は嬉しそうに見えた。

ちなみに監督は現在スコットランドのエディンバラ在住で、頂いた小冊子に付いてきたおじ様の寄稿では、おじさんが日本留学をし日本で教え、すごい日本通であることが書いてあります。

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ちなみに原作はこれ。漫画としてはいい値段ですが、読んでみたいです。

皺 (ShoPro Books)パコ・ロカ

小学館集英社プロダクション

2011-07-29

by [Z]ZAPAnetサーチ2.0

このような機会をくださった吉田理加さん、どうもありがとうございました。この翌日ペルーのイベントがあったのですが、お邪魔できず残念でした。また何かで是非お会いしましょう。

というわけで、わたしは四谷の翻訳学校へと向かったのでした。

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スーパーコンピューター「京」を知る集いin新潟(2013/07/20)告知。

ヨシダヒロコです。

前の投稿に続いてこれも申し込んだのですが、昨年夏に自分とご縁ができ、富山のサイエンスカフェとは兄弟分のサイエンスカフェにいがたさん経由で知りました。

 理化学研究所は、2012年9月に本格運用を開始したスーパーコンピュータ「京(けい)」について一般の方を対象とした講演会「知る集い」を開催しています。
スパコンってよくわからないけど何か可能性を秘めている感じがする、などスパコンに興味・関心がある方々の参加をお待ちしています。この機会に、疑問に感じていることなどを直接聞いてみるのはいかがでしょうか?
第14回目は2013年7月20日新潟で開催いたします。 奮ってご参加ください!

申し込みページやプログラムなどはこちらから。定員は300名ですが、今の所いっぱいになったとは書いてありませんね。

理研がなんと日本海側に来るのか!とちょっとびっくりしました。

この日は、翻訳に使うWordマクロの初歩について新田さんのセミナー(プログラミングみたいなもんです)を翌日に控えているんですが、JRの時刻表とにらめっこして、講演会の後、余裕で東京への移動が可能と分かりました。

いつも「京」をTVなんかで見るたびに、あの画面はどうなっているんだろうと興味津々だったので、少しでもその辺のことが分かると良いな。あと創薬や巨大津波の予測に使うという話も興味あります。

当日は、昨年のサイエンスカフェにいがたと同じく、朝から高速バスでの移動となる予定です。行けない人も多いでしょうから、帰ったらレポートしますね。

 

サイエンスカフェとやま第5回「天才科学者 レオナルド・ダ・ヴィンチ」(2013/7/7)告知。

ヨシダヒロコです。

昨年辺りから、美術系では大御所の作品の来日が相次いでいますが、レオナルド・ダ・ヴィンチもそうですね。ちなみに「ダ・ヴィンチ」は「ヴィンチ村の」という意味で、名字ではなく出身地を表しているに過ぎません。イタリア語のトリビアです。

このカフェ、もうわたしは申し込んでしまったのですが、まだ残席あるみたいので告知しておきます。
前々回のように抽選ではないみたいから、入れるかな?(7/2追記:申し込みは今日までで、それから抽選です)

サイエンスカフェとやまのブログより。写真はレオナルドの作った木製の機構模型だそうです。

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サイエンスカフェとやま第5回/富山市科学博物館サイエンスカフェ
「天才科学者 レオナルド・ダ・ヴィンチ」
ゲスト:神谷和秀 さん(富山県立大学)

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主 催:富山市科学博物館、サイエンスカフェとやま、富山県立近代美術館、公益財団法人富山県文化振興財団
開催日:2013年7月7日(日) 15:00-16:30
会 場:富山県立近代美術館 Caféプリズム
参加費:500円(飲み物とスイーツ代)
定 員:20名
申込み:往復ハガキかFAX、専用フォームのいずれかで、1) 行事名と開催日 2) 参加者全員の氏名と年齢または学年 3) 郵便番号と住所 4) 電話番号 5) 返信先 を記入し、富山市科学博物館までお申し込みください。
郵便:939-8084 富山市西中野町一丁目8-31 富山市科学博物館
FAX:076-421-595
そのほか:
会場風景を撮影して動画配信や記録写真として一部を公開することがあります。
富山市科学博物館の特別展「レオナルド・ダ・ヴィンチ もう一つの遺産―ノートにのこした自由研究―」のプレイベントです。

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↑pdfうまく貼れませんが、科学博物館の特別展パンフです。

ところで、富山の博物館近辺にはミュージアムバスというのが走っています。植物園も網羅してくれたら、言うことなかったんですがね。もともとみなまあまあ便利なところにあるんですが、無料でぐるぐる回ることができます。うっかり間違えて、運ちゃんの厚意で乗せてもらったことあります。今度はこのバスで行きたいな。近代美術館は恩師が館長をされていたこともある楽しい場所です。わたしにとっては。

立山行きの帰りに食べたラーメン、エアストリームが近いから、食べに行くのもいいですね。

ヨガ、再開しました。

ヨシダヒロコです。

2日間の東京での翻訳学校めぐり+オフから帰ってきて、少し疲れ気味です。

実は、以前から大学時代に少しだけやっていたヨガを再開したく思っていたのですが、5月に体験レッスンに行ってきて、行けそうだったので先週入会金などを払ってきました。週2日なら1月3000円とリーズナブルです。

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Frickr.com/LULULEMONNATHLETICA

昔やっていたときは、「そんし」の来るような学校にいたこともあったため、趣味がヨガと履歴書に書いたら信者と間違えられたこともありましたっけ。今行っている教室も、一時は大変だったそうで。

レッスンの後先生と手続きがてら、話し込んでいました。慣れると、ポーズ+瞑想+呼吸法が一体となるそうで、楽しみです。

帰りに新しいスペインバルを見つけ、モヒートがキューバの飲み物なのは重々分かっていますが、頼んでしまいました。これはかなり本物に近いのでは。

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そんなわけで、運動不足になりがちなわたしですが、散歩(これから暑くなるなあ……)とヨガで何とか乗り切って、身体のサイズも落とせたらと狙っています。でもヨガで一番いいのは、気分が晴れることですね。

過去ログを読んでいて思いだした課題。

ヨシダヒロコです。

先日、夜半仕事が終わった後にちょうど震災後くらいのブログを読み返していたら、朝になってしまいました。自分の書いていることを忘れているので(アクセスがよくある記事は見直すので覚えているんですけど)、いかに昔仕事がなかったか、震災後の自分が何か役に立てないかどんなにもがいていたのかよく分かりました。今は当時に比べると、情報収集する余裕がずいぶんなくなりました。

同時に、昔からの課題がまだ達成できてないこともはっきりしました。例えば、医療統計です。生物は今やっているから良いですけど、まだ本の1/3です。

ブログって、読んでもらえればもっと嬉しいですが、自分の記録としても良いものですね。本当に個人的なことは近々別にノートでも用意しようかと思っていますが。

医療統計は人からこんな本を薦められていました。忘れてました。「楽しい疫学」を前に買ったんですが少しレベルが高いようで。この辺からやりますか。昨日5000円分本を買ったばかりなんですが、生物の本が終わり次第最優先でやります。

いまさら誰にも聞けない医学統計の基礎のキソ 第1巻 まずは統計アレルギーを克服しよう! (Dr.あさいのこっそりマスターシリーズ)

浅井 隆

アトムス

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by [Z]ZAPAnetサーチ2.0

「医療統計」わかりません!!

五十嵐 中

東京図書

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by [Z]ZAPAnetサーチ2.0

東京から帰ってきたら、科学系イベント、サイエンスカフェの告知など書きたいと思います。

PAPYRUSノートでスペイン語スカイプレッスン。

しばらくぶりです。
ヨシダヒロコです。英日翻訳者でスペイン語、イタリア語を勉強しています。

スペイン語はイスパニカ西検3級の講座が今半分くらい終わったところ。講座はなかなか良いです。改めてご紹介します。DELE B1対策にセルバンテス(お金はイスパニカに払ってますが)AVEも始めました。DELEも西検も手強いので、まとめて秋に受けようかと対策を練っています。

DELEには口頭試験もありますし、わたし自身しゃべる練習もしたかったので(その方が単語も覚えられますしね)、Paso a Pasoという大阪のスクールでスカイプレッスンを始めました。

昨日はお試しの次の第1回レッスンでしたが、読めば分かる言葉なのに喋るとなると出てこない出てこない。12時間の時差でアルゼンチンからログインしてくれているAna先生は、”Poco a poco, Hiroko”と言ってくれましたが。

もう支払った4回のコースを終えたら、15回のDELEコースをイタリア語スカイプレッスンと交互にやろうと思っています。仕事がなかなかあるので、最近ラジオとかサボり気味です。

スカイプレッスンのノートですが、前にも書いたことのあるスペインのPAPYRUSノートの買い置きを使うことにしました。惜しまれつつ閉店したばかりのFred&Perryさんであるだけ買っておいたものです。今回はリングノート。他店にもあるそうなので、興味のある方は探してみてください。

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開けるとこんな感じ。

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今日は明日の上京(英・西の翻訳学校はしごなど)に向けて、休みなので掃除などしてましたが、これからここにも書き込んで、ブログももう1エントリくらい上げます。

翻訳学校は通学で行ったことないので、楽しみです!

 

あなたの翻訳のやり方は?「十人十色」大阪編参加記(3)~宴が開けて。

ヨシダヒロコです。

「十人十色」の翌日は、夜のバスの時間まで概ね暇でした。
気がついたら、結構疲れがたまっていて動くのが辛かったので、レイトチェックアウトにしました。まあ、納期ひとつ片付けてロクに寝ずに来たのですから無理もないです。

お昼過ぎにホテルを出て、大阪でうどんを食べたことがないのを思い出したので、こんなものを食べてみました。本来カレーうどんの店なのに、なぜか甘かったです。つゆが。麺にも何か練り込んでありましたね。

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富山は味付け的には関東と関西が混じっているので、どっちに傾いているんだろうと帰ってからそばつゆの製造元を見たら千葉でした。富山出身で神戸在住の友人は「別に甘いと思ったことはない」と言っていましたが。七味を入れて何とかしました。

それから本屋に行きたかったので、梅田駅に出て、そんなに迷わずに紀伊國屋に着き、語学書と専門書を物色。何も買いませんでしたが、情報量が多かったので助かりました。

色々とお金を使ったので、夕飯の約束まで外でのんびりできたらとさっさと約束の天王寺へ。ボストン美術館展もやっていましたが、今いち気が乗らなかったので、天王寺動物園へ。

敷地がそれなりにあったので、適当にしか歩きませんでしたけど、タンチョウを初めて間近で見ました。綺麗な鳥でした。

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温室は富山の植物園とどうしても比べてしまって「いまいちだな」と思いましたが、バラのアーチは良かったです。

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5時半に追い出されたので(笑)、2時間時間を潰して、バスの時間ぎりぎりまでカウンセラーをしているネトモとごはんを食べました。SNSで長いことつながっていると、初めて会ったような気がしないのは良いことですね。

帰りはJRバス。奇跡的に4時間半ほど眠れました。
ターミナルが英語表示だとこんな風になります。2枚目はバス乗り場、3枚目は朝の金沢駅です。

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そんなわけで、朝7時に無事帰宅しました。今回も有意義な旅でした。

日本語教師ボランティアの思い出。

ヨシダヒロコです。

仕事の手が空いたので、今日は少し多めにポストできると思います。

わたしは大学4年生の時に病気になっていなければ、将来は他大学院への進学のほかに、JICAの日本語教師または理科教師(具体的にはコスタリカとか)をやったり、イギリス辺りに留学もしてみたかったのでした。そのうち叶ったのは進学のみ、しかも卒業できず(わたしのいた大学では珍しいことではありませんでした)。次善の策として、落ち着いたころにとやま国際センターで研修を受けた後、富山市国際交流協会で2年ほど中国人妻に日本語を最初から教えました。

使ったのは「みんなの日本語」。恐らくスタンダードだと思います。2年の間に彼女らの日本語力は上がっていって、次の巻に移りました。まあ、わたしがいくら標準語を教えたところで、部屋を出ると飛び交っている富山弁についてはあまり助けにはならなかったのですが。協会はいまは駅前のピルに入ってしまって何だか取っつきにくくなっていますが、当時(12年ほど前)は富山市立図書館の中にあり、いろんな外国人の方がふらっと話をしに入ってきました。スペイン語もそこで習っていました。

日本語教師はボランティアといえども、日常のお悩み相談を受けることがあります。中国人向けにはちゃんとネイティブスピーカーの職員がいて、彼女が主に応対していましたが。富山は遼寧省と姉妹都市になっており、国際結婚も多かったのですが、もう日本人のお嫁さんが来ないような訳ありの男性、具体的にはDVをやらかすような男性、に業者が中国人妻を連れてくるケースを短い間に2件見ました。人の紹介で知り合ってうまくいっているケースも見ましたが。

わたしの生徒さんのひとりは、そりの合わないお姑さんと一緒に住み、しかも子連れなので出ていくとか思い切ったことはできなかっただろうし、さらに旦那がDVやらかして時々アザができるほどの傷を作りながら授業に来ました。当時わたしは未婚だったのでなかなか彼女の気持ちを推し量ることができず、そこに同じくいた韓国人の職員すら「言葉が通じなくてもわかり合えるのが夫婦だから」と、今思えば頓珍漢なことを言って慰めていました。あとになって、こういう女性の無理解が男性の無理解より数倍きついということがよく分かりました。

結局離婚になったのですが、「今は離婚したから幸せ」と言って微笑んだ彼女のことは、今でも良く覚えています。他にも、冷たいお風呂にしか入らせてくれない(もちろんそれだけが被害ではなかったんでしょうが……)と言って泣きながら中国人職員に話をしに来た、まだ若い女性もいました。

これは中国が躍進し出す前のことで、いまいろいろ関係が冷えていますが、できればリアルでその国の人と親しく接すればその国のことを嫌いになることは心情的に難しくなります。まあ、わたしはいまアメリカと仕事をしていても、政府としてのアメリカは嫌いですけどね。戦争やってばかりじゃないですか。(ちなみに、インド・中国辺りからの打診はいま全部断っている状態です。仕事のやり方がめちゃくちゃだから)

わたしは他に、個人的にLanguage Exchangeとして、「ネイティブでなくてもいいから」と人を募ったこともあります(かなり前に書きましたが繰り返します)。当時ロシア向けに栄えていた中古車産業の、インド・パキスタンから中東辺りから来た、恐らく肌の色のため日本人と話ができなくて寂しい思いをしている人からばかり連絡がありました。実際一緒に歩いていたりすると、周囲の好奇の目を感じました。田舎ですしね。

彼らの主眼は日本語を学ぶことではなく、連れて歩ける日本人女性をゲットすることであったようで、そういうのを相手はできませんから全員切りました。せめて、言葉を勉強する気を起こしてくれたらと思いましたが、わたしが英語を話すので安心してしまったみたいですね。うちひとりから性的に困った目に遭わされたあげく、つきまとわれました。” I hate you” と10年近く(ブランクはありましたが)経ったころにSkypeで打ち込んだら、やっと止みました。ちなみにインド人でした。大学で会ったインド人には物静かな人もいたし、あまりそれまで悪い印象はなかったのですが。

昨日インドカレー屋に行ったら、富山には中古車産業の名残でカレー屋が多いのですけど、インド人のお兄さんが「前失礼します」とえらい高度な日本語を使ったので、この人はどこでこんな日本語を習ったのだろうと、色々思いだしたので書いておきます。

「ポスドク」のGoogleサジェストと彼女と配偶者がツラい件について。

ヨシダヒロコです。ただいま逃避中です。

わたし自身は学位取得者でもなんでもないのですが、ポスドク問題で2エントリほど書いたところちょくちょく読みに来られる人がいるので、今度は別の角度から書きます。

日曜早朝、仕事が進まず困っていたらTwitterでこんなのが回ってきました。

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ポスドクの結婚生活で気の毒な話も聞いたことがあったので、気になったし一番下をクリックしてみたら、発言小町が沢山出てきました。あそこって、しょうがない嫁姑やママ友の話だけではなく、ポスドクや博士課程学生の彼女や配偶者(理系が多い。まあ、女性ポスドクもいるとは思うんだけど……)が真剣に語っていることもあるんですね。

曰く「別れようと言われた末、3週間連絡がありません。泣いてしまいます」みたいな20代らしい女性から(彼はD3で、集中すると携帯の存在を忘れるそうです)、研究者が夫という方の「まるで単身家庭です。気が向いたときに甘えてきます」みたいなのも。

挙げ句の果てに、「研究者は忙しいため、振られてしまうことが多い」……うわー可哀想。自分の夫の将来性みたいなのを尋ねている人もいました。

恥ずかしながら、D論を通すのに(恐らく本ちゃんの他に)論文が3本必要なことを初めて知りました。間違いがあればご指摘お願いします。小町情報ですし。
というわけで、他に書きたいエントリもあるんですが、深夜の納期が終わったらまた。

#そんなに書き続けられるとは思わないんだけど、そのうち「ポスドク問題」てタグできたりして……。