ロンドンひとり旅の思い出。

こんにちは。富山で化学翻訳を営むヨシダヒロコ(@chiruru)です。医薬翻訳者の駆け出しでもあります。

わたしはつむじ曲がりで、人が「アメリカ」と言えばそっぽを向く性分です。ですから短期語学研修先にイギリスを選んだのもそんなところが理由だったのかもしれません。19 歳のときで、結構深刻なホームシックになり、ステイ先に迷惑をかけてしまいました。なので、「次は楽しむぞ」と心に誓ったのです。

29歳のときにリベンジの機会はやってきました。あまり手を広げず、ロンドンでのんびり博物館へ行ったりとか、夜は日本よりぜんぜん安いライヴハウスをめぐったりなど。宿はフラット式にしました。狭かったけど安全なエリアで、お湯を沸かして夕飯カップヌードルなんてことも出来たのでよかったと思います。

結構ドジもやらかしまして、自然史博物館の警備員入り口に入っていって「大人 1 枚」と言ったり、ロクシタンに入っていって、店の人に断りもなく品物を触って(海外ではしちゃいけない)、香水と間違えてルームスプレーを手につけて「もしもしお客さん、それはルームスプレーですよ」と言われたり。

あれはスローン・ストリートだったか、普段用の靴を買おうと思いました。それで店員さんに言ってサイズを探してもらったのですが、自分のサイズがイギリスで何号なのか分からない。店員のお姉さんは「ああ、こないだも日本人のお客さんが来たんだけどねえ。何だったかしらー」と 2 人で考えてやっとサイズが分かって無事買えたってことがあったりもしました。

オスカー・ワイルドの住んでいたタイト・ストリートです。雨模様の日でした。

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ライヴには 3 回行きました。ハワード・ジョーンズ、ニック・カーショウ(この 2 人は’80 年代に活躍)、クーラ・シェイカー(’90年代)。海外のバンドが日本に演奏しに来て、日本をほめるわけがよく分かりました。お喋りしないで曲聞いてくれるし、一緒に歌ってくれるし、ノリもいいし。あちらではチケットが安くてそれはいいことなんですが、本当に聴きたくて来ているのか分からない人が結構いました。演奏で興奮してふたの開いたペットボトルを振っちゃった女の子がいて、わたしにかかったんだけどその子は睨んでるわたしを無視。同行の男性に「ごめんねー、かかった?」。どうせわたしはジャップですよすいませんね、と帰りにスーパーでカップヌードル買って、部屋に戻っていつものラジオ局を聴きながらすすった思い出もあります。

あの時会った人たちは、今大丈夫だろうか?怪我したり亡くなったりしていないだろうか?

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