天国は存在するのか?

「ホーキング博士、天国を否定 「暗闇が怖い人間のための架空の世界」この記事が話題となっている。

科学と宗教は相容れないものであると、「だから科学は」とおっしゃる方もいるだろう。科学自体が宗教のようなものだと考える方もいそうだ。

「脳はコンピューターのようなもの。部品が壊れれば動作しなくなる。壊れたコンピューターには天国も来世もない。天国は、暗闇を恐れる人間のための架空の世界だよ」

わたしは、半分賛成で半分反対。人が死ねば、脂肪と筋肉と骨、血の有機物がそこにあるだけということになる。その点には同意。

人ではないが、わたしは最近最愛のフェレットをなくした(もう1匹は元気だ)。固形食を食べなくなり、ペースト状のものも食べなくなり、水も飲まなくなり、ピーク時の体重の1/3まで痩せて、体がどんどん冷えていった。PCの部屋にケージを入れ、体を包んだセーターの切れ端を時々めくって確認したら、だんだん呼吸が弱くなり、やがて、止んだ。

そこにあったのはただの肉の塊だったが、かつてはわたしの手からフードを食べ、足をかじって甘え、跳ね回って何千回もわたしを笑わせてくれた生き物だった。心情的に、ただの肉塊とは思うことができないのは当たり前だろう。祖父母の葬式のときにも似たようなことを思ったが、フェレットは、売れ残っているのをうちにつれてきて以来、約4年毎日一緒に暮らして世話を続けていたから……。

人間でも動物でも、かつて愛着を持った存在の死に際して人は大きな喪失感を抱く。その存在がなくなってほしくないと思う。だから天国が必要なのだろう。天から見ていてくれると思えば気も少しは紛れる。祖父母の葬式のときに、葬式は生けるものたちのためにある儀式なのだなと感じたことを思い出した。遺体となった人はもう何も感じない。だが、周囲の人にはそうではなく、心の区切りが必要だ。実際、亡くなり方によっては葬式だけでも心の区切りがつかないことも多々あるだろうが、天国や極楽は、そこで幸せに亡くなった人たちが暮らしていると思うことで、肉親や親しい人々が故人をしのぶためにあるのだろう。

ちなみに、亡くなったペットをしのぶための「虹の橋」という詩があるので訳とともにここにリンクを張っておく。

http://www5.ocn.ne.jp/~select/Rainbow.html

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天国は存在するのか?」への4件のフィードバック

  1. 死んだ先の世界があるのか無いのか、死んだ人にしか分かんないことなんだろうと最近思うようになりました。
    丹波哲郎さんは臨死体験をして「見たんだから仕方ない」と生前ネタにされてましたが、今はどんな世界におられるんでしょうかね。
    4年前に可愛がっていたモルモットを失ってからは、そのあまりの喪失感に今後なにか生き物を飼うのをためらっています。

  2. 同業者さん、お久しぶりです。いかがお過ごしですか?
    臨死体験は確かに話を聞きますね。別に否定はしませんが。
    ペットロスは、たくさん動物を飼った経験から言うと同じ種の動物で癒すのが正解だと思います。でもまた死ぬかと思うと怖くて飼えないですよね…

  3. 訳文校正のお仕事を一年契約で受けたので、今年いっぱいは仕事が無くなるということはありませんが、涙が出るほど単価が安いです(笑)
    校正って初めてなんでこんなものかと思いますが、正直イチから訳してるのと要する時間に差がないような気がします。

  4. それは訳者さんができない方だからでしょう(きっぱり)。校正はわたしも夕べやっていたのですが(トライアル)、訳者さんがどの程度の訳をするかは、運に左右されます。

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