「悪魔のささやき」(加賀乙彦)。

最近読み終わった本。

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帯にはこうある。

「頻発する凶悪殺人、連鎖する自殺、蔓延する『いじめ』、親殺し、子殺し etc… 希望を失い、欲望に取り憑かれた日本人を破滅へと駆り立てる ――それが『悪魔のささやき』半世紀にわたり人の「心」を見つめてきた精神科医・作家が恐ろしい正体と撃退法を解き明かす」

筆者は死刑囚のカウンセリングなどで知られる精神科医・作家。口述筆記なので語り口調で読みやすい。

「悪魔のささやき」は上の帯以外にも出てきて、集団ヒステリーのようだった戦時中の軍国主義。筆者は軍の幼年学校に通っていた。そこで、玉音放送の後がらっと態度を変えた大人たちを目の辺りに。学園闘争もそう。「先生、先生」と懐いていた教え子がいきなり牙をむく(しかも後々そのことを覚えていないらしい)。

死刑囚や受刑者も、中には「どうしてこんなことをしたのか分からない」という人が多くいる。自殺未遂者もそう。どんな優しい人も、賢い人も、逃げられない。

1969年に死刑に処された、小説「宣告」のモデルでもある正田昭(しょうだあきら)。人を殺して「大学では人を殺してはいけないと習わなかった」と言って物議をかもした受刑者だそうですが、のちに洗礼を受けクリスチャンになる。

宅間に関しては、情性が欠如している反社会性人格障害の疑いが強いですから、悪魔にささやかれたと言うより悪魔そのもののような存在と言ったほうがいいかもしれません。しかし正田の方は、ごく普通の人間です。いや普通どころか、獄中で自分の身勝手さ、愚かさに気づき罪を悔いてからは、驚くほど深みのある人間へと変わっていきました。ゼロ番区にある彼の独房で楽しく有意義なときを過ごすたび、こういう豊かな資質を持った人間ですら悪魔のささやきに負けてしまうことがあるのだと、しみじみ思ったものです。

東京地裁で死刑の判決がおりた直後、いつものように柔和な笑みを浮かべながら、正田もこんなふうに語っていました。

「母が泣いて頼むので控訴はするつもりですが、死刑囚として断罪されるのはしかたがないと思っているんです。それしか、わたしの罪をあがなう方法はないんですから。ただ破滅したかったとはいえ、なぜHさんを殺してしまったのか、殺せたのかは、自分でもぜんぜんわからないんです。ねえ先生、やっぱり悪魔というのは世の中にいるんですね」

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