Mission 307―富山大空襲。

昨年再放送された、富山大空襲についての検証番組です。某所から持って来ました。

「リメイク版・作戦任務307 富山大空襲60年目の検証」(10/29昼間放送)

KNB(日本テレビ系列・北日本放送)

8/15日放送のKNB番組紹介より
昭和20年8月1日未明、米軍マリアナ基地を飛び立った882機のB29爆撃機は川崎、八王子、水戸、長岡、そして富山に6632トンもの爆弾を落とした。1回の空襲としては出撃機数、投下爆弾量共に戦史上最大規模であり、この悲惨な記録は現在も破られていない。特に富山大空襲は市街地の99.5%が破壊され、死者も3000人近くをだす地方都市空襲としては際立った被害であった。(後略)

たまたま点いてた。「八月二日、天まで焼けた」(bk1)(新版情報へのリンク)という本が有名だが、未読。解説は高木敏子氏(2014/07/27追記:アマゾンで買えます)。

詳細な米空軍データ、金沢駐屯部隊の記録、爆撃機経路や火災のCG映像、当時子供だった被害者の証言、元B-29米軍パイロット達の証言を元に空襲を検証した。

ある元パイロット氏が富山を訪問し、城址公園で被害者と対話する。氏は高齢で、杖をつきつきやって来て、富山の復興に感銘を受けていた。例えば金沢市内と比較すると、富山市は直線道路が多く、運転しやすい。

当初「通常任務」だった作戦は「最重要」に変更された。7月末に日本がポツダム宣言を受諾しなかったし、1945/8/1が空軍の記念日だったから。あれだ、要するにデモンストレーション。不二越があるから空襲を受けたと富山市民は思っていたみたいだが、実際は市街地をターゲットにしていた。

米軍は焼夷弾を木造家屋でテストしていて、液状ガソリン(10/30訂正:他都道府県の資料を見ると、ゼリー状ガソリンでナパーム弾と同じだそう)家屋はあっという間に燃え、竜巻状の炎が起こった。市民が逃げようとすると警察官が立ちはだかり、「戻って火を消せ、非国民」と罵ったという証言も。神通川は避難者であふれ、その上に焼夷弾が落ちた。

富山に駐屯中の元日本軍人によると「アメリカさんと差し違えろと教えられていたので無駄死にできないし、少しの焼夷弾ならともかく、こんな状況ではどうしようもなかった」と。なので出動はなし。

元パイロット氏は「民間人は殺したくなかった。日本語の予告ビラを10都市に撒いた」とビラを見せた。被害者側はおだやかに「当時そう言われても信じなかっただろうねー」と笑った。「元は医者になりたかった。戦争はわたしの人生も破壊した」と神通川河原に腰掛けて、氏は「当時の光景が目に浮かびます。結局、戦勝国も敗戦国も被害者なのです」とつぶやく。わたしはのんきにここでロングトーンをしていたなぁ……。

体験者が高齢になり、全体に平和になると危険性を指摘できる人が減ってゆく悪循環。

話が悲惨な割には見た後の感想は重々しくはなかった。富山弁のせいか、対話参加者の人選が良かったのか。あそこでケンカになったら企画倒れだ。

探してみたら、Mission 307についてのデータ(英語)があった。開戦以降のデータも全部ある。一切主観が入っていない。

56 years ago より引用。

 

(Mission 307) One hundred seventy-three 73rd BW B-29’s hit the Toyama urban area, a center of aluminum ballbearing and special steel production, destroying 1.87 square miles or 99.5% of the city; one B-29 hits an alternate target.
: 1,465.5 ton on Primary and 8 tons Opportunity.

(粗訳)
作戦703–米空軍第73航空団よりB-29型173機が参加。目標は富山市街地でアルミベアリングおよび特殊鋼の生産拠点。破壊面積4.862km2、破壊率99.5%、1機が誤爆。燃料は1465.5 トンの予定、最終的には8トン投下。

全国向けにも要望があれば放送したらいいとは思うが、富山弁はきつくないものの字幕があった方がいい(笑。

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今日の追記。この56 years agoというすごい資料サイトを作った人の情報がまったく分からない。元兵士ではないかと推測しているんだけど。それと、金沢市内から燃えている富山市が見えたそうです。訳はちょっと違っているかも。

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